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おじいちゃん、おばあちゃんの思い出

1 :大人になった名無しさん:03/12/15 22:09
無いよね?まだ・・・
私にとって、思い出といえばおじいちゃんおばあちゃんなんだけど。
血が繋がってなくても、近所のおじいちゃん、おばあちゃんでもOK

2 ::03/12/15 22:12
親戚のおばあちゃんのところに遊びに行くと、必ず風呂に入れてくれました。
15年以上前に貰ったぬいぐるみ、まだ大事に持ってるよ。
あと、多少スレ違いですが、
私は母方・父方ともおじいちゃんが居なかったので、
かなり年配の高校の時の社会の先生が大好きだったなぁ・・・

3 :大人になった名無しさん:03/12/15 22:33
浪費家氏ね

4 ::03/12/15 22:48
>>3
ゴメンナサイ。死んできます。
こんなスレ立てたらまずいかな、とは思ったのですが、
思慮が足らず立ててしまいました。
このスレは終了です。
死んでお詫びします。さようなら。

5 :大人になった名無しさん:03/12/17 19:31
ええやん別に

6 :大人になった名無しさん:03/12/17 21:27
たまにわけのわからない方言で喋ると思ってたがまさかチョソだとは思わなかったぜ

7 :大人になった名無しさん:03/12/17 21:30
4,5歳の頃、父方の祖父母の家へ行った時に玄関に赤いバケツに金魚のおもちゃが入っていた。
それ見た時は「あれは誰かにあげるものだろうな。いいなあ。誰にあげるのだろう?」と
思ったら、後でおばあちゃんが「あれは○○(私の名前)にあげるものだから使っていいよ。」
と言ったのですごく嬉しかった。

8 :大人になった名無しさん:03/12/18 01:09
じーちゃんごめんなさい。
悪気なかったのヤキモチやいの
だからジーちゃん家とびだしたの



ごめんなさいじーちゃん最後の時怖くてガンで
変わってる姿が怖くて呼ばれてもいけなかった・・・
急に気分悪くなってお家に帰ったらジーちゃん死んじゃった
布団でなにも言わないじーちゃん寝てるみたいだったほんとごめんなさい
ジーちゃん大好きありがとう
昔じーちゃんにかってもらった時計仕事で毎日だいじにつかってるよ

9 :大人になった名無しさん:03/12/18 11:48
>>8
⊃Д`)

10 :大人になった名無しさん:03/12/19 04:28
田舎に帰った小2の夏休み。
俺に口内炎ができていたのを知った祖母は、
何をトチ狂ったのか妙な箱型の機械を取り出し、
患部に電極をあて放電………。

後で聞いたら一種の電気治療に使うものらしいが、
特に治りが早かったということは無い…。

11 :sage:03/12/19 11:36
母が弟の出産の時、俺の面倒見てもらうため母方のばあちゃんちによく行った。
よくホットミルクを飲ませてくれた。
砂糖をたくさん入れるから少し甘すぎたけど、今となってはいい思い出。
ちなみに父方、母方両方の祖父母はみな元気です。

12 :11です。:03/12/19 11:38
間違えて名前欄にsageと入れてしまいました。すみません。

13 :大人になった名無しさん:03/12/19 13:39
>10
なんのプレイですか?

14 :大人になった名無しさん:03/12/25 20:45
うちのおばあちゃんは冬生まれ。
私が凄く小さかった頃に、季節は秋だったのだが、
おばあちゃんに”誕生日プレゼント”と言って秋の花を手渡した。
もう10年以上前のこと。
おばあちゃんは今でも実家に帰るたびにその話をする。
今年のおばあちゃんの誕生日には、豪華な赤い花束でも贈ろうかな…

15 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

16 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

17 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

18 :大人になった名無しさん:04/01/02 18:07
父方の祖母がさっき亡くなった。一昨年くらいから体調が悪かったようで
昨年も入院騒動があったりしてたが、今日実家へ行くか行かないかと
いうことで親だけ行くことになり、その親が帰っている矢先に倒れたらしい。
自分が最後に会ったのは去年の10月か11月頃だったかな、元気だったのに…
安らかに眠ってもらいたい。

19 :大人になった名無しさん:04/01/02 18:53
うちなんて祖父は自殺でしたが何か?

20 :大人になった名無しさん:04/01/03 00:47
小さい頃田舎でボール遊びをしてて、
大事にしてたボールを裏の山で無くして
結局見つからずに、しょげながら家に帰ったのを
おじいちゃんが見てて、
2〜3週間後おじいちゃんが見つけて、
俺の家に送ってくれたのが
すごいうれしかった。
広い山の中で小さなボールを見つけるのってすごい大変だったと思うが

21 :大人になった名無しさん:04/01/03 05:21
祖父の遺言『時の政府を信用するな』

22 :大人になった名無しさん:04/01/03 07:30
>>21
(・∀・)カコイイ!カモ?

23 :大人になった名無しさん:04/01/05 15:37
>21
何があったんだ…その爺ちゃん…やっぱり軍隊?

24 :大人になった名無しさん:04/01/12 22:56
漏れのじいちゃんは父が若い頃死んでて、
子供の頃じいちゃんと思ってた人は「ひいじいちゃん(明治18年生まれ)」だった。
夕方になるといつも相撲を見てたっけな。

25 :大人になった名無しさん:04/01/14 00:20
75過ぎるととたんにボケまくり出すよな?

26 :大人になった名無しさん:04/01/14 12:28
おばあちゃんの思い出。
食べ物は粗末にしちゃいけないよ、と教えてくれながら
炊飯器に残った米粒を集めて庭でスズメにやっていた。

美食家とかが一口食べて残してしまうとかいうのは
例えマンガの世界でも心痛む...




27 :大人になった名無しさん:04/01/14 12:48
うちのばあさんなんか余計に米炊いて鳥にまいてますが何か?
そんな余分な金うちにはないんだからやめてくれ!!

28 :大人になった名無しさん:04/01/14 15:06
"捨てる"じゃなくて鳥だろうと人間だろうと
食物が誰かのカラダに変わるんならいんじゃないの?

まあウチにも余分な金はないけど(つД`)

29 :大人になった名無しさん:04/01/17 16:48
おばあちゃんには色々騙されたなぁ。。。
米一粒に7人の神様が住んでいて、
一粒でも残すと神様が泣くのだ、といわれた。
あと、嘘をついたら地面に向かって閻魔様に謝りなさいとかw
昔はいちいち謝ってた。
子供の頃、自分の世界には閻魔様もホトケサマも神様も居たけど、大きくなったら居なくなっちゃったな…

30 :大人になった名無しさん:04/01/17 17:49
働き者だった祖父。
花とか綺麗なものが大好きで、頑固だけど暖かい人だった。
最期の言葉は母に言った「死ぬのって怖いなあ」
後から聞いて、傍にいられなかったことを激しく後悔した。
もう一度会って謝りたい。

31 :大人になった名無しさん:04/01/21 19:50
>>29
>子供の頃、自分の世界には閻魔様もホトケサマも神様も居たけど、大きくなったら居なくなっちゃったな…

なんかマジでセピアな気分になったYO

32 :大人になった名無しさん:04/01/21 19:57
おじいちゃんの家に遊びに行く度に
「また、おーきくなったなあ」
"たかいたかい"をしてもらった。

今のじいちゃんは重いもの持ちあげるなんて出来ないんだよな。
でも嬉しくて何回もやってもらった事をしっかり覚えてる。
もう25年以上前の事だけど。

33 :大人になった名無しさん:04/01/21 22:11
私そういうことしてもらった記憶ないなあ。
私が生まれた時でどっちの親の祖父は68歳だったから。
私の父親は末っ子(一番上の姉と16歳差)、母親は中間子だった。
母方の祖父は結婚遅かった(31歳)。>>32

34 :大人になった名無しさん:04/01/22 13:43
おじいちゃんが寿命で死んだ時、私は5年生だった。
人が死ぬということを初めて体験するわたしは、怖くてじいちゃんが寝てる部屋に行けなかった。
じいちゃんごめんね。大勢集まってる中に私が居ないこと気づいてくれてありがとう。

ばあちゃんが入院してた時、私は高2だった。
お見舞いに行ったらいきなり「あんた誰?」と言われて怖くなった。この前は普通だったのに。
それから怖くてお見舞いに行けなくなってしまってごめんなさい。
ボケちゃったせいで、看護婦に叩かれたとか、先生が自分を実験台にしてるとか思っちゃって
悲しかっただろうな。誰もそんなことしてないよ、ばあちゃん。
最期に手を握っていた私を見てくれてありがとう。目を開けるのも必死だったよねきっと。
なのに声かけられなくてごめんね。

35 :大人になった名無しさん:04/01/22 15:36
今でも印象に残ってるが、
ばあちゃんが「闇のパープルアイ」ってドラマの中でヒロインが吐血したシーンを観て笑ってた。
不謹慎だよばあちゃん、あそこは笑うトコぢゃ無ぇよ・・・

36 :大人になった名無しさん:04/01/25 09:39
いつまでも長生きしてくれ、おじいさんおばあさん
俺は場合幸せなことに四人ともまだ生きてるが、もし死んでしまったらつらいだろうな・・・
早く一人前になって晴れ姿を見せてあげたい

37 :35:04/01/25 12:28
もう死んでて居ないけど、青森のじいちゃんばあちゃんと違ってすんごく優しかった。
戦争に行って明治天皇に勲章貰ったほど立派な人で、死ぬまで水彩画を描き続けてた。
あの時の俺にとってはよき理解者で頼りになる神様のような人だった。
なぁじいちゃん、何故アンタが死んだのか解んねぇよ・・・俺にとって唯一自慢できる存在だったのに。
やべぇカキコしてたら泣けてきた・・・(つД`)

>>36 わかるよその気持ち。早く定職に就かないと天国のじいちゃんに会わせる顔が無い・・・

ちなみに>>35で書いた事は仙台に居るばあちゃんの事だよ。
これがまた青森のばあちゃんに負けずに劣らない嫌味な人でねぇ・・・


38 :36:04/01/25 18:04
>>37
俺今大学三年で、修士まで行く予定だからあと3年間は就職した姿を見せられない
でもそれ以上に問題なのはひ孫なんだよな
母方のじいちゃんなんか口には出さないけど俺が結婚してひ孫が出来るの滅茶苦茶楽しみにしてるっぽいし・・・
しかし俺の弟や従弟の方が早く結婚しそうな罠(鬱

39 :37:04/01/25 19:08
>>38
>俺の弟や従弟の方が早く結婚しそうな罠

禿同。今の漏れもそんな気がしないでもない
モタ×2してたら追い越されるかもしれん。

40 :36:04/01/25 22:30
>>39
従弟はともかく弟は絶対俺より早そうだよ、結婚
高身長イケメソ、性格がすこぶるいい弟に対して、10人並の顔、粘着質で暗めの性格の俺が勝てるわけが無い
勝ってるのは学歴だけ、互角なのは身長のみ
女にモテる性質は全部弟の方にいってしまったよ・・・

8歳違いの弟に先を越されるなんていやだぁぁぁぁ

41 :36:04/01/25 22:31
考えてみたら思いっきりスレ違いだった
ごめん

42 :大人になった名無しさん:04/01/26 14:16
私も妹と8つ離れてるけど妹は絶対19くらいでデキ婚しそうだと思ってる。
すでに一個下の従妹がデキ婚してるからひ孫は私の担当ではなくなった。
金は稼いでやるからな、じいちゃんばあちゃん!

この時代に食事にも困ってるなんてありえないよ・・
腰の骨折って入院したからって泣かなくていいんだよ、ばあちゃん。
じいちゃんの手術で病院通うんならついでなんだから弁当作ってって頼みなよ。
毎日じゃバカになんないだろうに。

つーか、うちの母、ばあちゃん泣かせんな。少ない年金から光熱費取ってんじゃねーよ。
終いにゃ追い出すぞ

43 :大人になった名無しさん:04/02/08 06:46
俺が零歳、兄貴が一歳で親が離婚して、赤ん坊から幼稚園まで父方の婆ちゃんに育てられ
たんだけど、別れる時はいつも冬で雪がキラキラしてた記憶が。札幌だからだと
思うけど。
親父が再婚して新しい母親と迎えに来た時と、大学時代の最期の二回だけど。
迎えに来た時、日が照ってるのに雪の中で婆ちゃんボロボロ泣いて家の前で手振ってて、
俺も泣いてて、兄貴は達観してるのか大人しかった。
入院してた時の婆ちゃんの手は暖かくて、外はパウダースノーのいい天気なのに
寂しくて全然冴えない気分で。
1週間くらい点滴変えたり手握ってたんだけど、その間100回くらい俺が子供の頃道路に
取り残された話とか繰り返してた。多分記憶が混乱してたのと寂しかったんだと思う。
期末試験なんで俺が帰る時にもう最期だなと思って、やっぱ最期だったんだけど
5年間育てて貰ってその後累計三ヶ月くらいしか一緒に居なかったし、長い間
婆ちゃんは一人ぼっちで、何か試験なんかぶっちぎりで留年しても良かったかな
と今でも後悔。一つ上の兄は何かと婆ちゃんにはやさしくしてたんだけど
俺はちょっと人間としてどうなのか?事あるごとに昨日の事みたいに思い出す。
婆ちゃん何にも孝行出来ないでごめんでした。

44 :大人になった名無しさん:04/02/09 16:22
可愛いけど世話かかるさかりを自分が育てたんじゃぁ淋しかったろうな、ばあちゃん。
おまえは十分孝行したと思うよ。

それより、後悔すると分かってて何もしてやれない俺はどうなんだ・・・

45 :43:04/02/11 01:37
>>44
あんたイイ奴だね〜。サンクス。
俺の場合、失敗して凹んでる時何かと理由を付けて行かなかったりしたのを後悔してる。
婆ちゃんの前でだけはいい子で格好付けたかったってのも有ったが…。
親父なんか1年間100万円以上使って土日に会いに行って面倒見てたのに
俺は何となく過ごすだけで月日を過ごしたっつーか。
後悔したくなければ、うざい自分の感情は切り離して、何度も会いに行く事だと思う。

46 :大人になった名無しさん:04/02/12 17:17
昨年の正月、ばあちゃんが亡くなった。
その前年の年末、餅つきを手伝いに行ったんだよ。
田舎なんで、コンニャクとかも家で作るの。
しかも外で火を焚いてさ。
で、俺さ火を焚くの好きでね、火の番してたんだ。
無事、コンニャクもできて一服してたらさ
ばあちゃんが寄ってきて
「火ぃ見てんのもつらかんべ」  訳(火を見てるのも大変でしょう?)
って言うから
「火わすらと一緒だよ」  訳(火遊びしてるのと同じですよ。)
って笑って答えたら、ばあちゃんも「ヘヘッ」って笑った。
つきたての餅を食べて、車で帰るとき珍しくばぁちゃん縁側まで出てきて
ずっと、ずっと手を振ってるんだよ。
ちっちゃくって、なんかかわいくて、にこにこしてた。

ばあちゃん、俺はなんか気恥ずかしくて「ばあちゃん」ってちゃんと呼んだこと
無かったな。ばあちゃん孝行もできなかったな。
ばあちゃんの打ったソバ大好きだったよ。
もう食べられないんだね。



47 :大人になった名無しさん:04/02/13 12:11
>>45
会いに行きたいけど金ないんだよ。電話とかすると母親が狂って怒るしな。
それすら言い分けだけど、毎日楽しみもなく暮らしてるって言うばあちゃんに何してやればいいんだろ。
まずは母親と喧嘩からはじめるか。

48 :大人になった名無しさん:04/02/23 18:19
>>47
45とは違うけど・・・。葉書一枚でもさ、なんでもいいんだよ。それが楽しみだし生きる喜びに変わるよ。47のお母さんはお婆ちゃんと仲が悪いのかな。(´・ω・`)

49 :大人になった名無しさん:04/03/07 18:46
あげー

帰りたいな。
春から就職だから、それまでは家でばあちゃんと過ごしたい。

50 :大人になった名無しさん:04/03/07 19:11
(´・ω・`)バーチャン、、、。

51 :大人になった名無しさん:04/03/08 09:58
おばあちゃんの作った、うどんが大好きだった。
おばあちゃんと一緒に、畑からスイカを取ってきて食べた。
なんで、頭が痛いのに車に乗っちゃったんだよ。
俺が二十歳になるまで、いや、もっともっと長生きするって言ってたのに。
何にもできないじゃんかよ。「ありがとう」くらい、言わせてくれよ。
スレ違いでスマソ

52 :大人になった名無しさん:04/03/08 10:11
きっとお婆ちゃんは君の成長を天国で見守っているよ

53 :大人になった名無しさん:04/03/09 12:04
おじいちゃんの家の玄関には靴べらがなぜか十数本あった。
それを使ってチャンバラごっこした。どこで憶えたんだかわかんないけど。
手加減無用でぶったたいてごめんなさい。女の子なのに。


54 :大人になった名無しさん:04/03/09 16:19
お婆ちゃんはまだ生きている

55 :大人になった名無しさん:04/03/11 22:45
じいちゃんは寡黙で頑固だけど情のある人でした。当時飼ってた犬が脱走した時も
見つかるまで一緒に探してくれたのはじいちゃんでした。体調崩して救急車呼んだ
時も担架に寝かされて運ばれるのが嫌で、ばーちゃんとねーちゃんが止めるのも聞かず
自分の足で庭まで出ていくような人でした。それから入退院を繰り返すようになり、
そろそろ危ないから・・と両親に言われて病院に見舞いにいった時、チューブをいっぱい
つけられて顔が膨らんだじーちゃんが俺に向かって「じーちゃん苦しいわ」と言いました。
そのとき初めてじーちゃんの弱音を聞きました。 別の日に母親が見舞いに行ってて、いった
家に帰ってきてた時にじーちゃんは病室で一人で亡くなりました。 みんなは一人で逝かせて
かわいそうだったって言ってたけど、俺は自分の汚いところ、弱いところを見せたくない
じーちゃんらしいと思った。 明治生まれの男を感じました。

56 :better ◆GqkQxjAQB. :04/03/13 13:33
おじいちゃんへ
漁師をやっていたときのおじいちゃん、
凄くかっこよかった 
俺もじいちゃんみたいになる!って猿のように喚いていたね
三年前やっと漁師になれた
でもじいちゃん俺が漁師になるまで待ってくれなかった
入院していたとき、本当は凄く苦しいはずなのに俺が来るといつもにこにこ笑っててさ、
母さんからもう助からないって何度も聞かされたはずなのに
「もしかしたら」とか「あの調子なら大丈夫だろ」って思ってた
俺はガキだったから、バカだったから、じいちゃんが死んでもちゃんとよく分かってなかった
いっぱい我が儘言った。 ごめんなさい 
再び報告します。 俺漁師になれました そして来月、結婚します。

57 :大人になった名無しさん:04/03/13 23:55
いいスレだ・・・

58 :大人になった名無しさん:04/03/14 03:35
脳梗塞で入院しているじいちゃんへ
来週いくからまっててね

59 :大人になった名無しさん:04/03/15 14:58
>>56
おめでd

60 :大人になった名無しさん:04/03/15 22:58
60get

61 :大人になった名無しさん:04/03/15 23:15
>>60
ばか?

62 :大人になった名無しさん:04/03/15 23:48
泣けた

63 :闘魂:04/03/18 13:47
漏れのばあちゃんは、親父生む時医者から心配されるほど体が弱かったらしい。

だから、盆と正月に田舎に行くといつも「もう次は会えないんだろうねえ」が口癖で
思い残すことがないようにという気だったのか、めちゃくちゃかわいがってもらった。
漏れは覚えてないが、おふくろによると、田舎から漏れ達が帰るときは、ばあちゃん
いつも涙流してたらしい。

でも、そんな人だから体に気を使ってたのか、漏れが覚えてる限り、いつも元気で
病気してるとこなんか見たことなくて、90過ぎても自分のことは自分でしてたくらい
元気な印象しかなかった。

・・・そんなばあちゃんが、こないだ入院した。94歳の誕生日に見舞いに行ったら、
ベッドで管通されて寝てるばあちゃんが、なんだかすごく小さく見えた。寝てたけど
起こすのもなあ、と思ってしばらくばあちゃんのベッドの脇に立ってたら、ばあちゃん
目を覚ました。ちょこっと話をしたけど、ふとばあちゃんに「おばあちゃんが死んだら
○○(漏れの名前)のこと一生懸命守るからね。」って言われた。なんか、ばあちゃん
すごく遠くなったようで、ますます小さく見えて、いたたまれなくなった・・・。

おばあちゃん、そんなさみしいこと言わないで・・・。早く元気になってね。


64 :大人になった名無しさん:04/03/18 14:10
うちのばあちゃんもそれ、いつも言ってた。
車で30分の盆正月と言わずいつでも会いに行ける距離なのに、
車を持ってないばあちゃんには遠く感じたんだろうな。
最近じゃじいちゃんまで言い出したよ。今度は飛行機で2時間半と実際遠いけど
まだまだ元気だと思ってたのに不安なのかな・・

65 :大人になった名無しさん:04/03/20 16:44
ばあちゃんが亡くなって、実家へ帰ったら父親に『弔辞を読む人が数人いるんだけど、
最後に孫のお前も読んでもらう事になったから』と急に言われた。
弔辞なんてどういう事を述べればいいんだ?と全く無知だった私は、下書き用のノートを目の前に
悩んでいた。叔母に相談したところ、ばあちゃんの思い出を書きなさいとアドバイスをもらったので
昔の思い出をあれこれと巡らせてみた。
夏の暑い日に学校からヘトヘトになって帰った私に氷入りでグラスいっぱいの麦茶を
すぐに出してくれた事
お湯で溶いて冷やして作るゼリーを作ってくれたんだけど分量を間違えて固めにできて
『ハイカラなの、作り慣れね。』とちょっと照れながら出してくれた事
私の結婚に母親が猛反対で大喧嘩してる間に割って入って私を守ってくれた事
そして息を引き取る前までずっと『あの子は母親に出て行けって言われて可哀想だった』と
付き添いの叔母に言い続けていたという事
弔辞を書くより、ぼろぼろ涙が出てきて大変だった。
やっと書き上げたものをお寺で読み上げる時、また泣きそうになってしまったけど頑張った。
その傍らで父親が声を押さえずに泣き出した。
そんな泣き方をする父親を見たことが無いと、母親は言ってた。

あれから2年、弔辞を書くために引っ張り出した思い出はより一層私の心に
残っている。

66 :大人になった名無しさん:04/03/21 04:43
いいスレだ!

67 :大人になった名無しさん:04/03/29 17:04
自分が消防の頃、親やじいちゃんは農作業のため学校から帰ると家には
ばあちゃんしかいなかった。だから自然とばあちゃんっ子になった。

学校から帰ると丁度おやつの時間だったのでばあちゃんはよくご飯の余りで
塩だけのおにぎりを作ってくれた。それがすごく好きで毎日楽しみに待っていた。
自分でも喜んで食べてたし、ばあちゃんも嬉しそう顔をほころばせていた。
でも中学生になって人並みに反抗期になりいつしかばあちゃんとの会話もまともに
しなかった。当然おにぎりも食べなくなった。親に反抗はしなかったけど代わりに
ばあちゃんに反抗してたんだなぁと今になって思うよ。

それが中3のある日、突然旅立った。誰にもさよならを言うことなく風呂場で
静かに亡くなった。葬式中、もう会えない、謝ることも何かしてあげることも
出来ない・・・そう思った瞬間ボロボロと涙が出てきた。死んだ直後や通夜でも
泣かなかったに人目を考えず大泣きした。多分今までの人生の中であれ以上に
泣いたことは無かったと思う。

あの塩おにぎりが食べられないんだなぁと思うと今でも涙腺が潤んでくる。
あれ以上に美味いおにぎりは今でも食べたことが無いなぁ・・・


68 :大人になった名無しさん:04/04/18 19:14
私の祖母は小学校2年生のときに亡くなった。癌だった。
幼稚園のときにおばあちゃんの家で食べさせてもらった豆ご飯おいしかったなぁ
美味しい美味しいって4杯も食べたらおばあちゃんにこにこ笑ってた。
よく散歩に行ったり、ゲートボールしたりしてて、すごい元気だったのに。
最後に会った時に、辛いのにエレベーターまで見送りに来てくれた。
病室で何を話したのかは覚えてない。
おばあちゃんは死ぬのを怖がっていなかった。
絶対天国に行くって、信じてたから。
悲しかったのにお葬式が始まっても泣けなくて。
しばらくしてお母さんがお年玉をくれた。(年末に亡くなったから)
おばあちゃんが取っておいてくれたお年玉だった。
そのとき初めて涙が出てきた。

69 :カイ斗:04/04/27 03:28
昔、母方の祖父の家に見舞いに行き、少しボケてきて
体が不自由になった祖父を車椅子に乗せ川原へ散歩しに出かけて
暫くしてから家に帰り祖父をベッドに寝かせた時
私の手を握って「ありがとう、ありがとう、ありがとう…」
と泣きながら何度もありがとうと言ってくれたあの時の
祖父の泣き顔と、強く握り締められた私の手の痛さとぬくもりを
祖父が亡くなって数年経つ今でも私は決して忘れた事はない。
そして、その時どんなにいい人もわるい人も
いつかは必ず死ぬことを改めて実感した。

70 :大人になった名無しさん:04/04/27 23:48
スレタイ見た瞬間に、万感が胸に迫って涙出てきたよ・・・

祖父ちゃんごめん、こんな孫に育ってしまって・・・
あんなに大事に手塩にかけてくれたのに・・・自慢の孫だって言ってくれたのに・・・


71 :大人になった名無しさん:04/05/07 21:26
まず父方のじいちゃん
黒ふちメガネかけていつも着物着て下駄をカラコロ鳴らして歩いてた。
いつも怒られてた気がする。頭ははげてなかったどこに住んでたかもしらない。
記憶に無いまま天に逝ってた。ばーちゃんは父が中学の頃亡くなったらしい。

母方のじいちゃん
お金持ちだった。顔出すと必ずお小遣いくれたっけ「おお○○か。こっちこい」とか言いながら。
いつも競馬してたような・・・
ばーちゃん
特に記憶に無いんだけど顔が怖かったな。母が先に逝った時、体調崩してて
葬式に出れなかったんだけど、49日の時めちゃくちゃ泣いてたっけ。
みんな天に召された。
祖父母は俺に対してどんな期待を持ってたんだろう。
ごめんよ答えられなくて、墓参りにも行かなくて。
俺そろそろ母に会いたいよ

72 :大人になった名無しさん:04/05/09 03:19
70歳のおじいちゃんが、ある日いつものように電話をかけてきて、
「あした行くから」と僕をリザーブした。
そのつもりで次の日待っていると、ずいぶん意気消沈した顔で彼はやってくる。
どうしたのかなと思いつつも、いつものようにシャワーを浴びて
おちんちんを舐めていたのだが、いつもなら何とかして勃つおちんちんが今日はまったく勃たない。
15分そのままトライしていると、おじいちゃんが「無理なんだよ」と情けない声で言う。
「だって、きのうアキラ君の声を聞いたら無性にオナニーがしたくなって、
我慢できずに2回もしてしまったんだもの」。
それから、僕たちはガイドラインを作ることにした。
簡単なことで、会う2日前からオナニーを禁止するというものだ。
それにしても70歳でこの精力というか、生命力には驚いた。
驚いたけど、そのあと少しだけ尊敬した。
生きることとセックスすることはつながっているんだと実感した。

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