5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

――昔、ぼくが住んでいた家――

1 :大人になった名無しさん:03/10/16 11:45
先日、十数年ぶりに私が子供の頃住んでいた家に立ち寄る機会があった。

見知った町並みは、わずかに変化していたものの、
記憶の中のそれと大きく変わる事は無く、
別段迷う事も無く、私は進んだ。

その場所に近づくにつれ、足は自然とその歩みを速める。

最後の角を曲がり、あの小路へと入った。

そこには、見知らぬ小奇麗な家があり、
中から、楽しげな笑い声が静かに漏れ聞こえていた。

2 :大人になった名無しさん:03/10/16 12:02


3 :大人になった名無しさん:03/10/16 13:05
俺が昔住んでた家は藁葺き屋根のボロ屋だった。

4 :大人になった名無しさん:03/10/16 13:10
(´・ω・`)ションボリなスレですね

5 :くりう ◆kuriu7uP3. :03/10/16 13:53
奥の細道・冒頭の句ってなんだったけ?

6 :大人になった名無しさん:03/10/16 13:56
百代の

7 :ヘロ:03/10/18 11:48
小学校から帰るときは一番安全な普通の道を通って帰ってきなさいと言われていた。
けどやっぱり好奇心旺盛な時期だったので、色んな道を通って帰ってた。

玄関を入るとおばあちゃんが仁王立ち。
うおーこえぇ〜と思いつつ、普通の道かえって来ましたとう嘘をつく。
でも嘘だと見抜かれて怒られてた。

違う道から帰るときは決まっておばあちゃんが玄関で仁王立ちしてた。
なんでわかるんだーって、エスパー扱いしてたなー。

今でもいけないことをしたとき
玄関開けるとおばあちゃんが仁王立ちしてそうで怖くなる。
一人暮らしだからそんなわけはないんだけど。

明日帰ったら
玄関に立って待っといてくれないかな。
そして思いっきり叱ってくれないかな。あーなつかしい。早く帰りたいなー。

8 :大人になった名無しさん:03/10/18 12:17
親友が引っ越した後、彼の住んでいた家が外装そのままで焼肉屋になった時は複雑な気持ちになった。(´・ω・`)

9 :大人になった名無しさん:03/10/18 12:35
私が6歳の頃に祖父が破産し、大きな家を出された。
今はどこかの会社の寮かゲストハウスのようなものになっているそうだ。
3年ほど前に偶然そこを通りかかった。
記憶にあるよりも庭の木々が大きくなっていて、歳月を感じた。


10 :大人になった名無しさん:03/10/18 14:02
僕の生まれた家は。。。解体されて今はもうない
次に住んだ家は。。。。やはり解体されて今はない
今住んでいる家は。。。ある意味家庭が解体されている

つらい

11 :大人になった名無しさん:03/10/18 15:17
>>10
元気出せ

12 :大人になった名無しさん:03/10/18 19:20
オイラが消防の頃は日〇の社宅住まい
転勤で越してからもう30年以上経つ
日〇の座間工場閉鎖であの社宅もどうなったのやら・・・
社宅の裏の林には防空壕があった
奥には日大の乗馬クラブがあった
どうなったんかなぁ・・・

13 :大人になった名無しさん:03/10/18 21:50
公団住宅ですた

14 :大人になった名無しさん:03/10/20 03:59
大阪市の南のほう、四つ橋線沿線の、戦前からの小さな商店街に家があった
親の転勤で3歳で海外に引っ越し、6歳の夏戻ってきて、その1ヵ月後に新しい家を買い
二度と戻らなかった
1ヶ月の間だけ、その町の小学校に通った
給食も制服もない日本人学校から大阪の小学校。カルチャーショックだった

商店街は長く大きく、風呂屋、本屋、米屋、みんな知り合いだった
しょっちゅうどこかのおばさんと話をしてた
向かいのクリーニング屋の上級生と野球をした
給食の食べ方を教えてくれた女の子の家に誘われた。文化住宅だった。近くの公園へ自転車で遊びに行った
家は祖母が経営する下着屋で、薄暗い店内にガラスケースが並んでいた
お客さんが来たところは覚えていない
二階にはおばの一家が住み母とは仲が悪かった

祖母はその後も店のある家に残っていたが、2年後手放してうちに越してきた
あの町に戻る機会はもうなかった

最近、用事で近くに行き、時間があったので発作的にその町に行った
2時間で来れたのに、20年間一度も来なかった
商店街はまだあったが、驚くほど道が狭かった。小さい頃だったので大通りだと思ってた
まだやってる店は少し。どこも古ぼけていて暗く、客も人通りも子供の声もなかった
いくつかの家は建て変わり、真新しいマンションに変わってしまっていた
むかしの家の場所には店はなかった。築10年くらいの普通の家が2軒建っていた。
みんなどこに行ってしまったのか、と思った

15 :大人になった名無しさん:03/10/20 04:03
3歳まで住んだアパートの1階部分は893が経営するスナックだった。
おやじさんの腕には派手な入れ墨があった。
錆びた階段の黒い手すりと、おやじの墨が記憶にうっすら残ってる。

16 :大人になった名無しさん:03/10/20 04:05
いつも一人で庭の月山に登ったりしていた。
砂利がいっぱいあって、飛び石をはねてとんだ。

17 :セコイヤ ◆/HPxgo5b4o :03/10/20 08:31
。・゚・(ノД`)・゚・。何か「思い出に残る食事」スレみたいな予感・・・

18 :ずぶり:03/10/20 22:58
四国の外れに住んでいた。
かやぶき屋根の平屋。土間あり,練炭コンロあり,農具小屋あり…
ぽっとん便所だったっけ。風呂はもちろん薪で焚いた。

敷地は100坪ほど。ど田舎だったので恐ろしく安かったらしい。
農具小屋では近所のおばあさんが首つって死んでたなんてホラー話あり。

庭にはヤマモモ,グミ,金柑に枇杷。真っ赤なグミ,甘ーい枇杷,取りまくって
ジャムにしてもらったヤマモモ(サイコーにウマい)…
すぐ裏は山。山中駆け回り,どんぐりを拾い,椎の実は炒っておやつに,
そういや栗も取った。なんだか何でもあったような気がする。

つい先日,親父が旅行がてら見てきたらしい。家は朽ち果てて押しつぶされ,
庭も荒れ放題…
話を聞いていたら涙があふれてきた。
思い出とともに山に帰ったらしい。

19 :大人になった名無しさん:03/10/21 18:14
近所の畑のあぜ道の突き当たりにはえてたグミとクワの実は
木に登ってよく食べたなあ。
柿の木は折れやすいから登なって親によく言われた。
祖父母の家を改築した時に枇杷の木を3本切り倒してしまって惜しいと思った。

20 :大人になった名無しさん:03/10/23 03:54
大好きだった公園、新しくなって見る影なくなってた・・・・。

21 :大人になった名無しさん:03/10/26 23:21
教師の両親と、教職員住宅に住んでいた。いくつかの棟が立ち並ぶ団地だった。
そこで隣に住んでいた老教師の夫婦が面倒を見てくれて、遊びに行くと妹と俺に
すいかを切ってくれた。
はじめて女の子と手をつないで帰ったりチューされたり女同士のグループ間の抗争w
に巻き込まれたのもその団地。
親の転任で引っ越して以来行ってないが、現在そこは閉鎖され、住人のいない住宅が
廃墟となって取り壊しもされないまま丘の上に朽ちた姿を晒してるらしい。
元住人としてはなんとも切ない・・・。

22 :大人になった名無しさん:03/10/26 23:28
アパートやってた。ウチが管理人室だったから4部屋、他は2部屋×5室
20年近くやってたが取り壊して新しい家を建てた。

ショベルで壊す日は見に行けなかった、、、

23 :大人になった名無しさん:03/10/28 18:43
生まれてから4歳まで住んでいた家に行ってみたとき(これもかなり昔だが)
周囲には色々と新しい建物ができており、家の敷地は荒れ放題で草ボーボー、あばら家みたいになっていた
なんか寂しかった。あの頃よく一緒に遊んでいた子達はいまどうしているだろう?

24 :大人になった名無しさん:03/10/28 23:29
もう無いだろうなー、幼稚園の頃住んでた若竹荘。
ふた部屋借りて隣は祖父母が住んでた。
あの頃遊んでくれたお兄さんどうしたかな。
晴れた日は二階の通路から小さな富士山が見えるのが嬉しかったなー

25 :大人になった名無しさん:03/11/02 11:03
小6まで親子6人で住んでた4K風呂無しの借家
自分が小4位までは台所が土間で蛇が出てた
汲み取り便所の間口が大きすぎて危ないからと
お袋がついてきてた そんなほろ苦い思い出の建物も
数年前に解体され今は駐車場に 先日通りがかった時
仕切られた白線で車4台分程しかなかったんだと分かり
涙が出そうになった。

26 :大人になった名無しさん:03/11/07 00:03
今から20年前、小6のとき、一家で夜逃げをして西日本を転々とした。
夜逃げする前に住んでいた、神戸のニュータウンにあった一戸建ての家を思い出すと
泣けてくる。好きだった本もピアノも植木や旅行先のお土産のグラスも、友達も
全部おいてきた。

27 :大人になった名無しさん:03/11/12 14:13
>>26 つらいね・・・。

小3まで過ごした大阪の下町を最近見に行きました。
渡ったらいけない!と言われたロータリーを通って
『ゼッタイにみつからない』と自慢だったかくれんぼの公園へ。
・・・なんだよ。大人の目線でまるみえじゃん。

探すふりしてくれてありがとう。母さん。

28 :大人になった名無しさん:03/11/16 02:00
最近、昔住んでたマンションの近くで働くようになったので、会社の行き帰りに
よく我が家のあった部屋を探します。
しかし街も変わったもんだな。10年ほど見ないうちにマンションや駐車場だらけで
セピアな思ひ出を灰色の日常で上書きする毎日です。

29 :大人になった名無しさん:03/11/18 23:28
ガキの頃横浜のはずれに住んでいた 
国道246号線沿いのしょぼいマンション 賃貸だったのでマンションの住人はウチも含めてほぼ地方出身者
北海道から九州まで
色んな人が住んでたなー たまたま親同士の出身地が同じで俺と学年が同じだったヤツがいてそいつとよく遊んだっけな、アイツ元気かな
部屋がまたすげー狭いの何の リビングに二人分の学習机  しかも台所にトイレがあって親父が気張ってる
音を聞きながら朝飯を喰らう毎日、夜寝るときは家族で雑魚寝 家にベットのあるヤツがうらやましかった。
 ウチの上空を爆音で飛んでく厚木基地の米軍機、近所に
墜落したこともあったとか、ベランダの外に広がる無機質な社宅群、どこかの家のピアノの音、西側の窓からみた大きな夕焼け 天気のいい日は 
富士山も見えた。 エアコンもない熱帯夜 窓全開で家族で川の字になって寝たあの日の自動車の騒音と排気ガスの鼻をツンとさす匂い・・・・
親父の転勤で引っ越して随分経ったが今は一体どうなってることやら。

30 :大人になった名無しさん:03/11/19 00:23
おれは厨房のころ、ばあちゃんちに居候してた。家庭の事情ってやつ。
昼間でも薄暗かったけど、でもどこか懐かしい感じのすごく良い家だった。
夏は冷たい廊下が気持ち良かった。
おれがいた部屋は2階の一番奥でほんとに狭かったけど当時の夢で一杯の部屋だった。
もう今はない。
更地になったのを見るのが辛くて一度も行ったことはなかった。
今はどうなってるんだろうな。
あの頃が一番楽しかったな。
女の子が柔らかくてすぐ泣いちゃうのを知ったのも
煙草を吸い始めたのも、みーんなあの頃のことだ。
たった一人で夕方のテレビ見たりして寂しかったけど懐かしいな。
たまには墓参りに帰ろうかな。
そう思ってまた1年とか過ぎちゃうんだろうな。


31 :大人になった名無しさん:03/11/22 22:57
劇的リフォームを見てると、
何だか無性に腹が立ってくる。

不便な家は、そこに文化を産む。思い出を産む。

起伏のない家には、物語は生まれないし、
光だらけの家では、感情を育まない。

32 :大人になった名無しさん:03/11/23 00:10
↑それよかあの予算でこんな改築できるわけねーだろと小一時間

33 :大人になった名無しさん:03/11/23 01:20
嫁姑問題で一時期団地に住んでたことがあった。
小さい頃の事なので良く覚えてはいないんだけど、
狭い一間に家族4人で住んでたっけ。

結局実家に戻ったけど、
母ちゃん、何度も俺を連れて家出しようとしたっけ。
でも、今ではちゃんと仏壇に手を合わせてる母ちゃんは偉いと思う。

34 :大人になった名無しさん:03/11/23 01:43
埼玉の北のほうに10年間住んでいた。転校するとき「手紙送るからな」
と言いあった友人たちとも疎遠になり、ついに11年が過ぎた。東京の
大学に入った自分は、ついにこの間、意を決してかつての友人たちと会っ
てみようと決めた。

その町並みは11年を経ても、ほとんど変わってはいなかった。変わった
のは自分の感覚だった。「こんな狭い町が自分の全世界だったのか」とい
う驚きが胸に去来した。そして、友人の家が、あった。逡巡した後に呼び鈴
を押してみる。友人が出てきた。「‥‥」一瞬のうちに、誰が来たかを理解
してくれた。その友人が別の友人を呼び、何人もが再会を祝ってくれた。
こんな経験ができる自分は本当に幸運なのだと思う。

35 :大人になった名無しさん:03/11/28 00:20
>こんな狭い町が自分の全世界だったのか
非常によく解る…

36 :KAMON  ◆9awzJSYC0I :03/11/29 02:14
電車の窓から 見える赤い屋根は
小さい頃僕が 住んでたあの家
庭に埋めた柿の種 大きくなったかな
クレヨンの落書きは まだ壁にあるかな
今はどんな人が 住んでるあの家

背伸びしてみても ある日赤い屋根は
隠れてしまったよ ビルの裏側に
いつかいつか僕だって 大人になるけど
秘密だった近道 原っぱはあるかな
ずっと心の中 赤い屋根の家


NHK教育の「ふえはうたう」内の歌「赤い屋根の家」です。
何かこのスレの雰囲気にぴったりだったので。


最初は、小さなオフィスビルの最上階に住んでいたのですが、
引っ越したあと、ある日突然どピンクに塗られていてびっくりしたことがありました。
3階のおばちゃん元気かなー。

37 :34:03/12/03 05:44
そして今、はるかに広い世界を知ったはずの自分も、
相変わらず小さなことで悩んでいる‥飛躍のときは
いつ来るだろうか。

38 :大人になった名無しさん:03/12/03 15:38
幼稚園まで住んでた家、取り壊して林になったと思ってたのだが
久々に見に行ったら土台と玄関がまだ残っていた。
雑草の中に、見覚えのあるタイルの風呂桶もあった。
敷地がすごく小さく感じた。

39 :道楽民 ◆VUkSYQWLx2 :03/12/03 20:18
階段上りきったところの横手に屋根裏みたい空間があって真っ暗だった(けっこう奥行きありそう)
10年近く住んでいたけど怖くてそこに入っていったことがないなー
よくかくれんぼとか家の中でやってたけど、ふとんが入った押入れの中ばっかに隠れてた


40 :大人になった名無しさん:03/12/03 23:16
炭坑の住宅、炭住で育った。東北の炭坑の町。
小4の時、閉山。一気に人が減った。
貧乏ってわからなかったが、外へ出てうちのレベルが痛いほどわかった。
本当に小さな家だった。そこに家族6人、じいさんの入院費用が払えなくて
親戚に借金、借金を返すのがやっとの生活で父親も母親も必死だったのだろう。
わたしは子供の時の記憶がどうしても思い出せない。思い出したくないらしい。
家族で旅行とか楽しかったことなど何もなかった。どん底の生活だった。
でも、必死 生きるのに必死 脱出するのに必死だった。
去年の秋に親父、今年の夏に母親を送った。
独りになっちまったなぁ と感じた。
炭住跡地に行った。
ただ、草が茂る空き地が広がっていた。
生活に追われていた親父とお袋に涙が止まらなかった。
 


41 :大人になった名無しさん:03/12/06 12:28
切ないスレだね…  (´・ω・`)ショボーン…

42 :ミ,,゚Д゚彡 ◆FUSAGP69u. :03/12/06 13:44
ボロいアパートに住んでました。
床の畳はふわふわ、台所はコンクリート、狭い部屋に親子4人で一杯一杯。

でもあの頃のほうが心が裕福だった。

43 :大人になった名無しさん:03/12/06 16:40
六畳一間。台所が二畳くらい。トイレはしゃがみ式。お風呂は銭湯へ。
親子3人暮らし。
今、一人で暮らしいてるアパートも六畳一間だけど、
あの頃は今より、部屋が広く感じたものだった。


44 :大人になった名無しさん:03/12/07 11:32
>>42
> でもあの頃のほうが心が裕福だった。
ふーむ・・・

45 :大人になった名無しさん:03/12/07 15:28
川崎市多摩区の西三田団地って、30年前から変わってないよな。

46 :大人になった名無しさん:03/12/07 21:02
今度、お正月に実家に帰った時、
昔住んでた所にも寄ってみようかな…。
8年くらい前にちょっと見に行ってみた時には、
周辺も既にボロボロに寂れてたけど。

47 :大人になった名無しさん:03/12/08 02:05
このスレのみんながうらやましいような、なんというか
うちは持ち家だがいろいろ事情があってねぇ
築後40年の家に住んでいた、同級生から「ぼろ、ぼろ」ってバカにされて泣いて帰ったこともあった
「なんでうちはぼろなんだ?」って両親に泣いて訴えてたこともあった
小学校5年のとき、家を改築した。土地の関係で古い家を少し壊した
その時の写真を見ると、死んだ爺さんがすっきりしたような、それでいてさびそうな顔をしていた
親父も寂しそうなそれでいて、嬉しそうな顔をしていた。子供の俺にはわからなかったが。
今思えば・・・
戦前は山を持ち、嫡男の爺さんは小学校も通わず商売を勉強し、大学出の弟に破産寸前まで追いつめられた爺さん
戦後、ばあちゃんが死んで自暴自棄になって心臓を壊した爺さんを助けるため、東京の大学を辞めて家を継いだ親父
2人のいろいろな想いがこめられた「ぼろ家」が壊される瞬間の写真だったんだって思う
その「ぼろ家」が壊れて13年。新築の家も12年目。
俺はこの家にどんな思い出を残すんだろうって思うと、ちょっと考え込むこのごろw

48 :大人になった名無しさん:03/12/08 02:14
2004年カレンダー、注文受付中。
http://www.tcn-catv.ne.jp/~diet/calendar.html

49 :大人になった名無しさん:03/12/10 00:28
親が転勤族だったため、いろんな所をあちこちと
思い出も出来たけど良い思いでは少ない・・・子供ながらに色々考えはあった
どうせまた引っ越しだろ?友達なんていらない!って・・・
一つ印象に残ってる場所、空き地のドラム缶は秘密の隠れ家。
親と喧嘩してそこに行くと同じくらいのトシの女の子が泣いてた。
同じ理由だった、一緒に泣いた・・・
あの子、どうしているだろうか・・

50 :大人になった名無しさん:03/12/13 14:42
おまいら、ここ見れ。
ttp://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WF_AirTop.cgi?DT=n&IT=p

マンションが建つ前、みんなで遊んだ空き地。
改築される前の小学校。
そして当時○歳の自分が中にいるであろう自宅。
みんなそのまんまここには残ってるぞ。

やべ、なんか涙が出てきた・・・。

51 :気付き@幸せ掴む:03/12/13 19:16
自分の人格を高めて「徳」を積まないで、富である金品のみを積もうなどと考えてはなりません。
肝心な徳を失っていては砂上の楼閣となった現象の富は、私たちの生活に豊かさと安心と幸福を
保証するように見えながら、実は様々な心労をもたらすものです。例えば、それは権力を保証する
ように見えながら何時しか嫉妬や羨望と勢力争いとを生じることになります。それは幸福を保証
するように見えながら不幸を招来し、永遠を約束しながら僅かな間にして消え去るのであります。
人格や品性が低く大きな器を得るだけの相応な「徳」の乏しい者が必要以上な「富」を獲得すると
き、富は彼を富ましめるよりも彼を破壊する方向に働くことになるものです。
様々な災難から逃れ幸せを掴むには、何時、如何なる場合も人格や品性、徳の高さが要求される。
この件に関する出典の説明があるHP↓に注目。参考にしよう。危機が近し心して暮らそう。
ttp://www.d7.dion.ne.jp/~tohmatsu/

52 :大人になった名無しさん:03/12/13 19:19
↑NG指定しますた

53 :フサギコ:03/12/18 17:36
僕の生まれた家は。。。今日解体されました


54 :大人になった名無しさん:03/12/26 20:31
ここの30です。
よもぎ饅頭をコンビニで買ったらばあちゃんの家を思い出したんで書きます。
ばあちゃんの家はよもぎの香りだったことを思い出したんです。
それだけです。
懐かしいあの頃。何でだろう。
ひとりでさびしかったし、夕方暗くなってくると不安になったのに。
黄色い電球。高い天井。静かな家。夏の夕方にはセミが鳴いた。


55 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

56 :大人になった名無しさん:03/12/29 01:57
昔は金持ちだったから立派な家に住んでたなぁ。。旅行も沢山したし、高級外車にも乗ってたっけ。でも、父親の会社が倒産して離婚。それからは母親とマンション住まいに。今も昔には無かった別の幸せはあるけどね。

57 :大人になった名無しさん:03/12/31 14:48
不況だ、なんだと言いながら、今の生活は物質的には豊かになったと思わん?
今の生活で昔に戻ったら結構裕福なほうだよな、なんて思う。
でも、心の豊かさはどうなんだろうね?

58 :大人になった名無しさん:03/12/31 17:31
築60年、土間あり七輪あり火鉢あり井戸あり雨漏りあり、
無論ボットン便所で、夜は鼠が走り回るわ開かずの間があるわ
絵に描いたボロ屋。周りの民家も戦前から建ってるような家ばかりだったが、
区画整理で今は一面まっさらな駐車場になった(しかもこさえたのにガラ空き)。
写真を撮らなかったことが悔やまれてならない。

59 :大人になった名無しさん:04/01/11 06:20
イイスレ賞を進呈しよう。cd−rにとっとこう。

60 :大人になった名無しさん:04/01/12 22:26
>>50
遅レスだが、ここを教えてくれてありがとう。

61 :大人になった名無しさん:04/01/14 12:06
引っ越して昔住んでいた家が取り壊されて以来すごく後悔しています。
何でもっと写真を撮っておかなかったのか。
最近毎日のようにそこを通り昔の良かった思い出を偲んでます。
どうやらペットロス症候群と同類の症状が出ているようです。
何かいい治療法でもないもんでしょうか。

62 :大人になった名無しさん:04/01/14 12:40
>>61
愛欲に溺れる

63 :大人になった名無しさん:04/01/14 13:54
5年に一度は引っ越している私だが、夢の中で帰るのはいつも同じ家。
1歳から12才まで住んだ一軒家で、近くに雑木林があった。
その中をつっきる小道は学校への近道だった。
グミや山桜の実を取って食べたりした楽しい思いでが沢山ある町だった。

今は雑木林はマンションが建ってて、家も新しいのに建て替わっているのに、
夢の中では大人になった今の自分が、あの小道を通ってあの家に帰る。


64 :大人になった名無しさん:04/01/14 15:07
   わたしもイイスレ賞を進呈

  読んで涙流したスレは初めて。
 気取らずに書いてる文章って 凄いね

65 :大人になった名無しさん:04/01/17 05:00
>>50
漏れの実家のへんはいまのほうが空き地だらけだよ

66 :大人になった名無しさん:04/01/19 16:34
おととし、15年ぶりに幼稚園のころ住んでいたアパートを見に行った。
新幹線と特急で4時間、それだけのために。
駅からアパートまで、昔とは違い驚くほど近い。
通った幼稚園は、建物は残っているものの使われていないようだった。
そしてアパートは、取り壊しの工事が始まっていた。いちばん東端の、住んでいた部屋だけがまさにこれから取り壊されるために
残っていた。
前日に突然見に行こうと思いついたのだけれども、アパートが最後に呼んでいたのかな…と思った。

67 :ミ,,゚Д゚彡 ◆FUSAGP69u. :04/01/20 09:19
>>66
泣けるね・・・

68 :ふう:04/01/21 04:56
正月に弟が、兄さんこれ覚えてるかいと出してきたのは
船の舵のようなペンダントだ。
二人とも小学生だった頃、病弱だった母とお祭りの夜店で買って貰った物だ。
おれも、メッキが剥がれガラス玉も数箇所抜け落ちているが、捨てられずずっと持っている。

無くなった母と暮らした家は、無いかもしれないが風景だけでももう一度見たくなった。

近くの母とよく買いに来たパン屋。
いつも買うのは片隅の台に置いてある、茶色の紙袋に入った300円のを一袋だけ。
クリームパン、アンパン、ジャムパン全部中身が、はみだしていたりしている。
こげの強いメロンパン そんなハネ品ばかり一杯入っている。
「おかあさん、いろんなのが入ってる袋まだあったよ!」
ニコニコして持ってくる弟。

店を出て、おれ達に「お店の中で大きな声、出すんじゃないよ」
悲しそうに静かに話す母の言葉の意味が、おれにはなんとなくわかった。

母のいない]マス、二人の貯金箱をはたいて
イチゴが載ったショートケーキを、二つ買って ロウソクも二本つけて下さいって
言ったら、「これは]マスのプレゼントだよ」ってショートケーキより大きな、
板チョコもくれた店のおばさん。

その、パン屋さんも無くなってた、 一言お礼が言いたかった。


69 :大人になった名無しさん:04/01/21 13:05
>>50
いいサイトを教えてくれてありがとう

みんな、自分の家を上げてみない?
まあ他人のを見ても面白くないかもしれんが、意外と面白いかもしれないので。
とりあえず言い出しっぺが上げてみる。
ttp://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WC_AirPhoto.cgi?IT=p&DT=n&PFN=CSI-75-5&PCN=C3&IDX=3&PNO=1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30,31,32,33,34,35,36
昭和50年10月21日火曜日、漏れが5年生くらいか。平日13時だから、昼休みが終わる頃かな・・・

70 :大人になった名無しさん:04/01/21 15:26
小学6年生まで住んでいたアパート。
8畳ほどが3部屋の続き間で、裏には小さい庭があった。
最近聞いてみると、田舎とはいえ月3万だったらしい。
2階建てで10部屋あった。
東京なら一軒家が10軒は建ちそうな駐車場。学校から帰ると意味もなく外に出ていた。

一緒に小学校行こうねって言ってたけど小学校上がる前に引っ越しちゃったあやちゃん元気かな。
いつも泣かせててごめんね。

落っこちたことのある階段。乗り越えては怒られていたフェンス。
久しぶりに見ると、どれもこれも小さく思えた。

71 :大人になった名無しさん:04/01/21 15:30
>>68
泣かせないでくれ・・・仕事中なんだから・・・

72 :ふう ◆Fuu/6Lut5I :04/01/21 21:43
>71さん 泣かないで下さい。 
これは、「昔、ぼくが住んでいた家」の楽しかった一人語りなんですから。

パン屋のあった跡を、右に曲がると通った小学校が見えてくる。
この小学校の運動会の朝、父が特製だぞと 朝早くから太巻きを作ってくれた。
弁当のふたの上の「すまん」と書いた紙に目が止まり、開けて見ると
父が、みようみまねで作った、でろでろのチラシ寿司みたいな太巻きに
半熟もいい所の、ゆで卵の黄身が染みていた。

あわてて、弟の所に行ったが 弟は笑いながら級友とすでに食べていた。
多分、上手に出来たのを選んで弟に入れたのだろう。
俺は一人家に戻って、母が好きだった紫色の桔梗が咲く小さな庭を見ながら食べた。

もう三人しか座ることがない、四角いちゃぶ台には
「お帰り、二人とも良く頑張ったね」と、父が書いたメモと
ちょっと黒く痛んだ、バナナが置いてあった。

73 :ふう ◆Fuu/6Lut5I :04/01/21 22:23
さりげなく戻った、午後からの運動会。
それは俺ら兄弟には、一大事な種目があるのだ。

父兄同伴競技、 父は仕事でいない 母は空の上から見ている。
親との二人三脚、弟は担任の先生と力いっぱい走った。

俺は、全校生徒父兄の全面で 一人で思いっきり突っ走ってやろうかと考えていた。
自分達の班が呼ばれて、それぞれの親達も出てきた。
突然、「さあY君、お母さんの分も一緒に頑張って走るよ。」
隣近所の同級生のKさんのお母さんだった。
同級生のお母さんと走るのは、すごく恥ずかしかったけど だけどちょっと・・・。
Kさんはお父さんと走った、ゴールは俺の方が先だったけどKさんのお母さん喜んでた。

娘が負けたのにさ。俺、ちょっと遅く走れば良かったのかなって思ったよ。



74 :63:04/01/21 23:46
町に一種の連帯感があったところっていいよね。
うちは引っ越し魔なうえ親が見栄っぱりだったから、
近所付き合い的にはどこに住んでても孤独ということでは一緒だった。
だからこそ、幼少時に一番長く住んで同年代の友達と野山で遊んだ
あの町、あの家に、心はまだ住んだままなのかもしれない。

75 :大人になった名無しさん:04/01/22 00:19
>>50
S49年のとS58年の見たけど田んぼと畑と空き地が多かったなあと。
あれだけいた蛍やキリギリスや玉虫やカエルはどこ行ったのか。
今では同じデザインのマンションやアパートや舗装された駐車場だらけ。
こんな変わり方したら人の心もすさむんじゃないかと思った。

古き良き時代にはたしかに地域にいい意味での連帯感があった。
今あるのは悪い意味の個人主義でしかない。

76 :大人になった名無しさん:04/01/22 12:29
>>74
私が小学生の頃住んでたところもすごくいい雰囲気の連帯感があった。
町の運動会とかも、負けたって楽しければいいじゃんって感じで。みんなが家族みたいな。

でも隣の地区に引っ越したら、そこはみんな見栄っ張りで意地汚くてすごく戸惑った。
運動会でも、勝つことしか考えてないし、負けたら責められたし、
レクで行ったプールのロッカーの鍵が一個なくなった時、最後までなくした人を探し出してた。
そんなのみんなで割って弁償すればたいしたことないのに・・・

ちょっと隣に行っただけなのにこうも違うのかと思った。
やっぱり環境で人間は変わるね。

77 :大人になった名無しさん:04/01/22 19:39
>>73
Kさんのお母さんって
学級会スレに書いてあった川子さんのお母さん?

なんか、しみじみしたな・・あったかいね

78 :ふう ◆Fuu/6Lut5I :04/01/23 06:25
>77さん
そうです、          あっちも見てたんだw

79 :大人になった名無しさん:04/01/23 13:10
お父さんじゃなくてお母さんが走ってくれるとこが憎いね

80 :大人になった名無しさん:04/01/24 00:06
映画でこの手のノスタルジーを味わうならシチリアが舞台の「ニューシネマパラダイス」だな。主人公もシブイ

81 :大人になった名無しさん:04/01/24 00:33
>>80
イイネ!!
あの雰囲気はまさにセピア

82 :大人になった名無しさん:04/01/24 01:43
>>80
俺も好きだ。でも金曜ロードショーだかで放送されたやつは大幅に切られてた。

83 :大人になった名無しさん:04/01/25 00:35
小さい頃住んで居たのはピカピカの白い壁のマンションだった。
だけど先日見に行ったら薄汚れてひび割れたコンクリの壁だった。
建ってから30年以上たってるんだもんなあ。

84 :蒼蒼:04/01/26 02:40
子供の頃に住んでいた社宅は9棟まであって、それとは別に独身
寮もあった。夏にはそこの駐車場で盆踊り大会。
里山のすぐそばなので、夏には灯火にカブトムシが飛んでくる。
近くの畑を借りて野菜を植えて楽しむ人もいた。

工業地域で交代制で働くお父さんたちは時々厳しいがけっこう
頼り甲斐があり、お母さんたちは付設の小さな公園や駐車場で
遊ぶ子供を夕餉の時間に窓から呼んだりしていた。

あの頃が懐かしいです。5階の2DK。ベランダからは小学校が
見下ろせた。春の夜にはカエルの声がうるさかった。
今はその社宅に住む人もずいぶん少なくなり、自分のいた7棟は
数年前に取り壊されました。

帰省した時に見物に行って、携帯で写真を撮って廻りました。
社宅に上っていく坂、使われなくなったバス亭、まだ残っている
いくつかの棟、小さな神社。
集会所の写真を親に見せたら懐かしがっていましたね。

85 :大人になった名無しさん:04/01/26 12:11
>>84
読んでオモタこと。
人件費かさんでも人海戦術で雇用があった時代の方が、
経済がまわるから結果として儲かってたんじゃないかと・・
スレちがいな話題なのでsage

86 :大人になった名無しさん:04/01/27 13:39
今社宅はその役目を終えた?のか取り壊されたり、住民が半分位しかいな
かったり、廃墟になってたりしている。
日本の高度成長期には地方から出て来て家賃の安い社宅に住んで貯金できたが、
今地方から来た人は家賃が給料の1/3はするアパートを借りなければならない。
今いるホームレスのほとんどは高度成長期に地方から出稼ぎに来た人だ(首都圏
在住の者は家はあるんだからホームレスにはならない)。
社宅の安い家賃のおかげで貯金して持ち家を得た人は多い。
そう考えると社宅が無かったらもっとホームレスが増えていたのかもしれない。

話は変わるけど、黒○播磨の頑なにまで社宅(一戸建ての物も多数)を取り壊
さない姿勢は神の領域だと思う。人なんてほとんど住んでないのにだ。
周辺は住宅地で駐車場が不足してるにも関わらず広大な敷地の原っぱすらその
ままなのは凄いの一言。駅からも近く土地の値もかなりな場所なのに。
そこ以外の社宅も近くにあるがそこは住民が一人もいないのに(そこもすごく
敷地が広い)社員がまめに手入れまでしている。

87 :蒼蒼:04/01/28 01:12
友達が引っ越す時は、転勤よりもおうちを建てた時の方が多かった。
引っ越した友達とは年賀状のやり取りをしていたがいつしか絶えた。
今でも付き合いがあるのは1人だけ。少し寂しい。

家を建てて社宅から出て行くのがみんなの夢だった。なのに懐かしい。
風呂を焚く時、ハンドルを回して着火した面倒くささまでもが。
嫌なことは多くあったはずだが、思い出すのは楽しかったことばかりだ。
子供だったからなおさらかもしれない。

>>85
社宅全盛期は、おうちを買うためにお金を貯めて貯めて、でも苦しい
やりくりの中からカラーテレビやビデオデッキなど当時の新製品の家電
とかを買ってた時代ですね。1世帯当たりの消費が少なくても、多数が
一斉に購買すれば経済は循環しますね。

>>86
場所によっては社宅を一般向け賃貸にした所もあるようで。それにしても
黒○播磨…すごいですね。気合でしょうか。

88 :86:04/01/28 23:35
>風呂を焚く時、ハンドルを回して着火した面倒くささまでもが
沸かしたまま放っておくとお湯が沸騰してて風呂の蓋が溶けたりしてたな。
今住んでる家の風呂はボタン一つでお湯張りから設定温度まで全て自動。
かき混ぜるのも自動なのでかき混ぜ棒も捨ててしまった。

>多数が一斉に購買すれば経済は循環しますね
金あってもこれすごく欲しいという物が少ないような気がする。
昔は家にビデオが来たり新しい自転車買って貰った時なんかすごくうれし
かったけど今はそんな気持ちになれない。飽食で物が溢れる世の中じゃ
無理な事かもしれないけど今の子はちょっとかわいそうだと思う。
年金制度も滅茶苦茶だし益々購買意欲が減るのは仕方ない。

89 :大人になった名無しさん:04/02/03 18:07
どっか遠く(といっても今だと大したことない位なだけど当時学区外に行く
事は犯罪だった)から帰った後社宅の敷地に入る時の安心感は良かった。
敷地内に自分の世界があった。あの子供にとっては広い空間はかけがえない。

90 :大人になった名無しさん:04/02/03 23:30
社宅や団地だと明確な敷地があるからテリトリーが広い感じがするかもね。
うちは戸建てだったが、高台の中腹にできたすりばち状のくぼ地に建っていたので
その小さなすりばちの中(町内会が一つあるくらいの範囲)が見える坂の入り口まで
くると、帰って来た〜という気になった。

91 :大人になった名無しさん:04/02/04 23:22
2ちゃんねるではじめて泣かされた。

92 :大人になった名無しさん:04/02/05 15:19
俺がガキの頃に住んでいた公団住宅(いわゆる団地)へ久々に
行く機会があった。懐かし〜、このオンボロ公園まだ残ってたのかぁ
とか言いながら近所をうろうろしていて、ふと気がついた。
あれ?ここって、山崎パンの店だったはずじゃ…
呆然と立ち尽くしていた俺に見知らぬオバハンが声をかけてきた
よく見ると、さんざん世話になったHさんだった。
「山崎パン…つぶれちゃったんか?」と訊いてみた。
「もうずいぶん前にここのオバアチャン亡くなってるのよ…」
いつも店番していたバアチャン、上1玉下5玉の旧式ソロバンで
おつりを計算していた。でも、俺の暗算のほうが圧倒的に速かった。
「すごいねえ、将来は学者さんになれるよ」といつも誉めてくれた。
ごめんな、バアチャン。俺…無職だよ。

93 :大人になった名無しさん:04/02/08 22:54
>>50のリンクで町検索して、いまも住んでる地域を見つけた。
昭和40年代の活気ある町並みが脳裏に蘇ってきたーよ。(つД`)

じいちゃんの経営する町工場もはっきり写ってた。あの頃は工員さんも
いっぱいいて、いけいけどんどんで景気がよかった。大手にシェアを奪
われて家内制手工業に移行したあと、引退したじいちゃんはあっという
間にボケてしまい、深夜に工場を徘徊するようになった。

ずっと仕事人だったから、職場以外に自分の場所を見出せなかったらし
い。一度すっ転んで、額から血を流しながら泣いていたじいちゃんを見
た時、よくわからないけど悔しくて俺も泣いた。

94 :大人になった名無しさん:04/02/08 23:16
小学生の頃住んでいた家は、東京の山手の下町にある、マンション。
もう18年位前 それでもそこは築20年以上。
4階建ての4階で、エレベータなんてものはついてなかった。
ふうふうと高い階段を、まわりながら上がって、1階につき2部屋ずつの右側の部屋がうち。
3畳ないくらいのキッチン。12畳くらいの居間。6畳の寝室。
安月給の父には大分無理した家賃。
古くて、お風呂場には小さな虫が沢山出てた。カビもたくさん。
でも、隅田川の花火がちいさくみえる、大きな窓がついてた。
トイレも洗面所もせまくて、古作りだなぁというのが小さな私にも
わかった。
でも、東京タワーが見えて、天気の良い日は富士山までみえるこの部屋を
私はとても好きだった。
母のスカートをはき、鏡台のまえでくるくるとお姫様ごっこをしたのも
この頃だ。
学校から歩いて6分くらい。親友の家はお寺で、裏道を嬉しそうにそこまで歩いた。
駄菓子屋さんをおぼえた。坂の多い町で、でも子供だった私には、
しんどいよりも、その坂を上りきって見下ろす、その町が好きだった。

昨年。
東京に勤め始めた私は、真っ先にその町にいってみた。

もう40年近くたっているであろう前の私の家は、
いまだ、そこに健在だった。
白く塗りなおした壁、オートロックになった玄関。
それだけが、月日のたったことを教えてくれた。
すこしほっとして、小学校への道をたどると、、、

そこには、私の通った学校が、幼稚園が、
まったく、違う建物で、建っていた。

すこし、切なくなって泣いた。

アーバンコートの、剥けば剥がれる舗装。
鉄板をはがして夏になると現れるプール。
一周、200mなんてない、グラウンド。
かどぶつけをした花壇。。

なくなるってこういうことなんだな、と思った。


すみません。長文で。駄文でした。失礼しました。

95 :大人になった名無しさん:04/02/08 23:27
都会の学校は建て替え進んじゃうよなぁ。
そういや廃校になった学校が少なからずもある。
家が無くなっても、学校があるから面影残ってるけど、
学校も無くなったらもう面影は全くなくなっちゃうなぁ・・・

96 :大人になった名無しさん:04/02/09 00:04
>>93
泣きますた。。・゚・(ノД`)・゚・。

97 :大人になった名無しさん:04/02/09 02:05
小学校三年生まで長屋の団地に住んでいた。
母は父方の両親とうまくいかなくて、
兄が生まれてすぐ父と母が逃げるように引っ越してきた家だった。

お正月は正方形の小さい炬燵に家族四人で縮こまって迎えた。
石油を買えないから、ストーブが使えないわ、隙間風は吹いてるしで
もう本当になんでこんな家に生まれてきたんだろうって
そればっかり考えてた。

庭に面した窓にはいつも家族みんなの靴が並んでいた。
玄関から出入りすることなんて滅多になかった
誕生日に買ってもらったばかりの靴を野良犬に持っていかれてしまって
大泣きしていたら隣のおばちゃんがみかんをくれたことがあった。

父は世話はしない癖に木を植えることや植物の種をまくのが好きで
狭い庭には春、桜とチューリップ、それからたくさんの花が咲いた。
花の名前はひとつひとつ父に教えてもらったはずなのに、今は思い出せない。
母は、「植えたら植えっぱなし、蒔いたら蒔きっぱなし・・・」と呆れ顔で笑っていた。
兄は暖かくなると庭に虫が来ると父を睨んでいた。
私は本当にあの庭の春が本当に好きだった。

あの家はまだあの場所にあるし、見に行こうと思えば行ける距離にある。
でも、もうあの庭はない。
桜の木は切り倒されてしまったし父と母は別れた。
だからあの家にはもう行けない。
お家帰りたいけど帰れない。
帰れないってわかってるけど、私は帰りたい。
あの家に帰りたい。

98 :大人になった名無しさん:04/02/09 05:05
一昨年、実家が立ち退きにあった。
何十年も昔からの市の整備だとかなんとか。

どうみても道作る必要ないだろ?
ここに道とおして交通量ふえるか?

仕事で離れてた俺は荷造りに休みとって帰った。
実家には親父独り。お袋は他界しててもういない。
俺も親父も無言で荷造り。
家を壊す時は仕事で立ち会えなかった。
姉ちゃんが帰ってきて親父に付き添った。
親父は静かに泣いていたらしい。
親父とお袋が苦労して立てた家はもうない。

この間、はじめて実家跡にいってみた。
野ざらしの跡地が、そのまま残ってた。
道はできていない。

99 :大人になった名無しさん:04/02/09 10:08
俺、春休みになったら小学校時代に住んでた町に行って写真取り捲って来る予定
思い出の場所が多いから多分何時間もかかるだろうなぁ
団地の中で写真とってたら不審者って事で通報されたりしないか不安

100 :大人になった名無しさん:04/02/09 10:24
実家。本当に住宅地で歩いて3分のとこに小さなパン屋があるだけ。
静かなところだったが、車道は車の往来が激しくしかも見通しの悪いカーブの道だった。
小5年の時、その道で同級生が車にはねられた。命は、助かったが2年ほど植物状態のまま回復せずに亡くなった。
学校全体で、入院中の彼に励ましの手紙や、募金をしたことをはっきり覚えている。
その後道は渋滞緩和のため、道幅を広くし見通しも良くなったらしい。
もう少し、早くしてくれればしんちゃんは死ななくて済んだのかもしれない。

お棺に事故の時握っていた血で汚れたチョロQが入っていた。

101 :大人になった名無しさん:04/02/09 10:35
>>99
もしとってきたらうpきぼんぬ

102 :100:04/02/09 10:37
↑ 家のこと書き忘れた。もと実家は、一戸建て。小さい時からバーさんが
寝たきりに近かったので一階にバーさんと両親の部屋2階を子供部屋にしてた。
バーさんの介護もとうとう限界に来て、ウチを売って引越しバーさんは病院へ。
だいぶ前に、母から元、家はアパートが建ったらしいと聞いた。

103 :大人になった名無しさん:04/02/09 12:47
どんどん不幸自慢になってるね。

104 :大人になった名無しさん:04/02/09 12:59
いーじゃんか不幸自慢。藻前もやれ?

105 :大人になった名無しさん:04/02/09 14:41
自己陶酔には不幸自慢が一番

106 :大人になった名無しさん:04/02/09 15:47
>>101
いいけど俺別に写真に詳しいわけじゃないし、見てもつまらないと思うよ

107 :大人になった名無しさん:04/02/09 17:34
>>93
(つД`)

108 :大人になった名無しさん:04/02/09 22:51
小学校に上がる前、親父の仕事の都合で
フェリーで三十分程の離島に住んでいた。

二十数年が経ち、その島に本土との橋が出来た
すっかり大人になり、車も持っていた俺は
ワクワクしながら、昔住んでいた借家を見に行った

行ってみてビックリした、道は綺麗に整備され
子供のころは軽トラしか走っていなかった島に
沢山の大型車、そして行楽客 海岸には大量のゴミ

いやな予感を抑えつつ、昔の借家に向かう
裏通りの細い道に入り遠い記憶をたどりつつ
ようやく見覚えのある、お寺の前にたどり着く
車を停め、そこからは歩いて昔の家を目指す事にした

仲の良かった友達の家、
石垣の塀は昔のまま、
その先の木造の公民館、これも昔のまま
しかし、その先にあるはずの借家・・・
影も形もなくなくなり、広い道路になっていた
呆然として、暫くそこから動けなかったよ

長々とスマソ


109 :大人になった名無しさん:04/02/09 22:54
道路になるとつらいよな(´・ω・`)

110 :大人になった名無しさん:04/02/09 22:56
>>50のリンク先で俺が以前住んでた場所を見てみた
・・・まだ空き地だった、何も建ってなかった

111 :大人になった名無しさん:04/02/10 02:29
>>110
その自治体の名前知りたい。だんだん本気で腹が立ってきた。
どこの自治体だそんなふざけた事業をしてるのは。

112 :大人になった名無しさん:04/02/10 10:51
>111
すべて自治体のせいにする前に、よく考えろよ。
何に怒っているんだか・・・。

113 :大人になった名無しさん:04/02/10 12:12
>>112がなぜこんなレスをつけたのかわかりません。


114 :大人になった名無しさん:04/02/10 12:43
生まれてから12歳まで住んでたボロアパート。
近くには某企業の社宅がずらりと立ち並んでいた。
貧乏だったけど幼馴染も友達もたくさんいて楽しかった子供の頃。

この前、近くを通りかかったので寄り道してもらった。
十数年ぶりに見るアパートは、リフォームされてて
外観は案外キレイだった。
ただ、立ち並ぶ社宅はボロボロの廃墟と化していて
ひどく泣けてきて困った。


115 :大人になった名無しさん:04/02/10 12:48
いや、本当に>111が何に怒っているのか判らないだけさ。
何で自治体が出てくるんだろう?

116 :大人になった名無しさん:04/02/10 13:20
>111は単なるレス番間違いだろ
>108へのレスじゃないのか

俺の実家は祖父が事業に失敗して家屋敷も取られて、
親父が廃建材寄せ集めて建てた家だった。
もう建て直したいんだけど、
宅地が道路に接していないので建て替えができない。
ゆくゆくは生まれ育った土地を手放さなければならないと思うと泣ける。

117 :大人になった名無しさん:04/02/10 14:03
いや、>>110>>98なんだろ。だから>>111は自治体に怒ってんのさ。
>>112もよく考えろ。

118 :大人になった名無しさん:04/02/10 14:38
IDのない板だし、>>110=>>98があってるのか分からんからな、
決め付けイクナイ

まあ、>>111がそのように考えたんだろうってのは推察できるが。

119 :112:04/02/10 14:57
なるほど。
>110=>98ってのは想像もしていなかった。
>50のリンク先の写真はすべて平成2年度以前のものだからな。
一昨年引っ越した>98と>110が同一人物とは恐れ入った。

俺は>110と>111しか見ておらず、立ち退き云々は念頭に無かった。
さらに>110は住んでいた家が建つ前の写真を見たのだと思い込んでた。
少なくとも写真は10年以上前のものだしな。
で、宅地に家を建てるも空き地にしておくのも土地所有者の勝手だろ?と思った。
で、>111は自治体に文句言うしか能がない糞サヨかと考えた。
でも本当に何に対して怒っているのか分からなかったので、
それとなく聞いてみようかと思った。
こういう手合いを正面から煽ると一般人に理解できない言葉で帰ってくるから、
絡め手で>112のレスをしてみた。
さらに少しでも穏便になるよう>115や自演の>116のレスをした。

無い頭絞ってそれなりに考えてはいたんだが、
スレの流れを見てなかったのが悪かったようだ。
申し訳なかった。

120 :大人になった名無しさん:04/02/10 15:12
>>119
つーかさ、
>>50のリンク先の写真はすべて平成2年度以前のものだからな。
>一昨年引っ越した>98と>110が同一人物とは恐れ入った。
この辺無用な煽りとも取れるから気ィつけた方がいいよ。
超頑張れ、超ログと空気嫁。

121 :117:04/02/10 15:33
>さらに>110は住んでいた家が建つ前の写真を見たのだと思い込んでた。
あ、そうかもな。こっちこそ悪かった。

122 :110:04/02/10 16:17
あのさ、俺>>98じゃないんだが・・・
俺が昔住んでたところって新興住宅地で、あのサイトにあった写真は家が建つ前、造成の段階だったわけ
それで家も何も無かったわけね(通ってた小学校はあったけど)
で、なんか>>111が意味分からないことで怒ってたから触らぬ神に何とやらで様子見てた
ちなみに俺が引っ越したのは10年前のことです

って言ってもID無いから証明できないんだよね・・・

123 :110:04/02/10 16:18
とりあえず分かりにくいレスしてすまんかった

124 :大人になった名無しさん:04/02/10 16:24
つーか漏れんち田舎すぎて載ってねぇ・・・

125 :大人になった名無しさん:04/02/10 16:29
>>122-123
納得。

126 :大人になった名無しさん:04/02/10 17:27
セピアはマターリやろうぜヽ(´ー`)ノ

ちなみに俺の家は、国土交通省のサイトではずーっとあるんだが、
今はもう無い。でも、国土交通省のサイトがあれば、いつまでも
あの路地や町並みが思い出せるよ。

127 :63:04/02/11 04:25
うちもあのサイトには写真が残ってる。家の前のささやぶも残ってて、
夢の中でいつも通る小道があるあたりもうつっていて、
なんだか泣けて来た。
引っ越しが多かったので行った先々見て来たけど、最初の町がいちばん田舎だったな。
サイトの写真の古い方でも小1くらいの頃だったのに、
あんなに畑や山ばかりのところに居たのだろうか、とちょっとびっくり。
あと、次に住んだとこが上空から見ると墓に囲まれてて
違う意味でびっくり(((( ;゚Д゚)))

128 :大人になった名無しさん:04/02/14 05:23
古里は遠きにありて思うもの

129 :大人になった名無しさん:04/02/14 09:58
そして 悲しくうたうもの
よしや 
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆうぐれに
ふるさとおもい涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかえらばや
遠きみやこにかえやばや

130 :大人になった名無しさん:04/02/14 13:18
4歳頃まで古い六畳二間の市営住宅に住んでいた。家の中は白黒写真で確認しても
かなりボロイことが分かる。それでも若い両親は小さな俺を抱っこしてうれしそうな笑顔で写っている。
まさに小さな幸せを感じていたんだろうな。

131 :大人になった名無しさん:04/02/14 17:33
漏れが生まれた家はとにかく広かった。
祖父が建てた和洋折衷の家。一番多い時で4世代、直系傍系
12人も住んでたけど、ゴチャゴチャしてたという記憶は全然ない。
あの頃を思い起こしてみると、とにかく「来客」と「人寄せ」の
機会が多かった。冠婚葬祭も可能な限り家でやってたし、
前触れ無しに親類が来て何日も(時には半月近く)
泊まってくなんてこともよくあった。
盆や正月、お節句の類の年中行事もまめにこなしてて、
今から思えば、どれもこれもかなり本格的にやってたよ。
でも家の年寄りの死後、あの家を売って引越した時から、
かつて当たり前だと思ってたそれらの生活習慣がどんどん失われていった。
今じゃ盆や正月もすっかり簡略化。七夕の笹も鯉のぼりも、
お雛様も五月人形も飾らない(というか今の家が狭すぎて飾れない)。
あの大きな家を出たことで、漏れの家族は過去を受け継ぐ事に
失敗しちゃったんだろうな。今の生活は気楽だけど、どこか味気ない。


132 :大人になった名無しさん:04/02/15 01:12
このスレにレスした人達、今でもその家残ってますか?
俺住んでた社宅は残念ながら残ってなくて跡地にも施設建ったから土地を
買う事すら無理なのでもどかしい。

133 :大人になった名無しさん:04/02/15 04:25
ああ良スレだぜここ・・

学校から家までの道は今でも鮮明に思い出せる
帰り道好きだった女の子の目の前で
気を引きたくてわざと転んだりして・・w

134 :大人になった名無しさん:04/02/15 22:12
いろいろな事で「もう、疲れた…」と思ってた仕事帰りに
ふと、昔住んでた家を見に行こうと思った。
学校に通ってた頃の帰り道をゆっくりと歩いてみた。
変わってしまった景色に「ああ、やっぱりあの頃はもうないんだな」って思ったけど
家の周りだけは、まったく変わっていなかった。なにもかもがあの時のままで。
家の窓から見えてた夏みかんの木もそのままあった。
皆と遊んだ路地も靴隠しの時に絶好の隠し場所だったアパートも
虹を見るため皆して駆け上った階段も全部全部残ってた。
涙でた。頑張らなきゃって思えた。あの家にいた時に抱いてた夢を叶えておいて
なに疲れたとか言ってんだって思って…今も頑張れてる。残っててくれてありがとう…

135 :大人になった名無しさん:04/02/15 22:12
>>133
ホントに怪我したんだな。

136 :大人になった名無しさん:04/02/15 23:07
生まれた時から18歳までで7件家がある。その後の5件は一人で住んでる。
6件は借家。1件は自分の家だったけど家が事業に失敗して売り飛ばされた。
どこも自分の家だと思う。思い出もあるし。
でも地元に帰ってつい足を向けるのは生まれた家。
幼稚園くらいまでしか住んでないけど、鮮明に家の中を覚えてる。
私達の次に住んだ人たちはずっと住んでる。
中を見たいなあって思って怪しまれない程度に玄関を見たりしたけど、
やっぱり怪しかったのか次に住んでる人に睨まれた。けち。

もうじき結婚します。へへへ。
やっぱり最初は賃貸だけど、私の家なんだって安心して思えるよう…。


137 :大人になった名無しさん:04/02/16 00:03
>>136

オメ!

138 :大人になった名無しさん:04/02/16 05:05
何年か前に子供のときに住んでいた家の近所へ行った。
いま住んでいる家とはそう遠くも無い距離。
でも、ずいぶん都内を離れていたこともあって、不思議な気持だった。

一回目は深夜に友人と車で。
そのときは昔よくお散歩をした公園で遊んだだけ。
でも初めて補助輪のない自転車に乗ることに成功した道をみつけて、友人に自慢した。

二回目は昼間に自転車で。
例の公園と、それから自分の住んでいた家へ。
家はもう無かったけど、同じ敷地に小さな女の子が住んでいる家が出来ていた。
昔遊んだ女の子の家がまだあって、丁度その子の両親が自転車で帰宅したところだった。
なぜか大量発生しているオウムを指差して「最近おおいのよ」と親切に説明してくれたけれど、私が誰かは気がつかなかった。
無理も無いけど。

139 :良スレage:04/02/16 05:27
ふと目が覚めると窓に夕焼け
妙に寂しくて目をこすってる
そうか僕は日差しの中で
遊び疲れて眠ってたのか
夢の中では青い空を
自由に歩いていたのだけれど
夢から覚めると飛べなくなって
夕焼け空があんなに遠い
ああ僕はどうして大人になるんだろう
ああ僕はいつ頃大人になるんだろう・・・

140 :大人になった名無しさん:04/02/16 15:16
武田鉄也でつか(´∀`)良スレ〜


141 :大人になった名無しさん:04/02/16 22:24
母子家庭で、普段は祖父の家で預かってもらっていた。
ちょっと薄暗いけど、本がいっぱいあって、勉強を見たりかまってくれた祖父がいたあったかい部屋。
祖父の死後、祖母が伯父一家と暮らすために、家は取り壊されて、二世代住宅に。

今年の年始、従兄弟たちの相手をしながら、祖父の部屋の会った辺りに行った。
もう、あのあったかい部屋はないんだなと思うと泣けてきた。



142 :大人になった名無しさん:04/02/17 09:47
俺が生まれたときから小学5年の頃まで住んでた家は、
少し長い袋小路の両脇に立ち並んだ家々の中のひとつだった。
俺の家の前の道を通る人は皆その近辺の家に用がある人、というか
近所の住民ばかりで、よそ者はあまり通らない場所だったので、
その小路に入ると、何とも言えない安心感を感じたなぁ。

夏の暑い日に近所の友達と鬼ごっこやらをやってると、近くの老夫婦が
俺たちにキンキンに冷えたトマトジュース(たぶん自家製)を振舞ったり、
せんべいやカミナリおこし等の和風のお菓子を配ったりしてた。
今思えばその夫婦の息子さんだったのだろう、30歳ぐらいのおじさんも時々顔を出して
子供らのプロレスごっこの相手をしてくれた。

俺が住んでた家は2戸建て住宅で、隣のうちからは薄い壁を隔てて
赤ちゃんの泣き声が良く聞こえた気がする。
それと同じように、俺のお母さんが俺を怒鳴った声も、向こうには丸聞こえだったんだろうな。
柱には俺と妹が幼児の頃にペンで書いた落書きが…。家を明け渡す時に消した記憶は無いから、
今もそのまま残ってるんだろうか。新しい住人に見られたと思うと、ちょっと気恥ずかしい。
その後、その家には母子家庭が入ってきたそうだが、彼らはあの家で
どんな思い出を作っているんだろうか。

143 :大人になった名無しさん:04/02/17 14:05
橋の下。

144 :大人になった名無しさん:04/02/18 18:16
>>50のリンク先で実家を見てみた。
20年前に火事で全焼してしまった家が写ってた。泣けた。
当時でさえ珍しかったかやぶき屋根の古〜い家。
写真も火事で焼けてしまって残ってなくて、記憶にしかない家。
50さん、ありがとう。

145 :大人になった名無しさん:04/02/19 22:33
>>50のリンク先、見ました。実家が写ってました。

田んぼの真ん中の通学路。
40分、延々と歩いた。退屈だと思ったことは一度もなかった。

仲良しだった友達の家。
お父さんが事業に失敗して、一家は離散したと聞いた。

ピアノの先生の家。
途中にいじめっ子の家があるので、まわり道ししてた。
雨の日に転んで、楽譜が泥だらけになってしまってべそかいた。

私の家。小さい小さい家。
父が、砂場と花壇を作ってくれた。

その家から引っ越す時、「今度は広い家に住める!」とはしゃいでた。
こんな貧乏くさい家はもういや!と。

でも、住宅購入を考えている今、思い浮かべるのはまずあの家。
たったふた間の家に4人が押し合いへし合いしてた、あの家。

146 :大人になった名無しさん:04/02/20 01:43
泣ける

147 :大人になった名無しさん:04/02/20 11:27
都心のど真ん中、高いビルの間に申し分けなさそうに建っていた家。
せまくて、いつもビルの陰。
住人は少なくて、学校は1学年1クラス。
余った教室の方が生徒のいるクラスよりも多かった。
治安も悪くて、毎日パトカーが何時間かに一回通って、
月に一度はどこかでヤクザの小競り合いがあったりした。

時期はちょうどバブルの真っ最中。僕らは地上げにあった。
家のあるところに新しいビルが建つ計画が立って、僕らは出なければならなくなった。

引っ越してから、何度か家を見に行った。
足場の中でだんだん形を失っていく家。
ありがとう、さようならって何度も心の中で言った。

何年か後、バブルがはじけて結局ビルは建たなかった。
あれからまた人がいなくなって、小学校は廃校になった。
だだっぴろい駐車場のままでも、僕には家のあった場所がはっきりわかる。
解体中、こっそり貰ってきた壁の一部は、今でも宝物だ。

148 :大人になった名無しさん:04/02/22 03:33
俺の生まれた町はとんでもねえ様変わりだ。
小学の時までいたんたが駅の風景は駅員が切符を切っていたのに、
今じゃ無機質な自動改札、いつ変わったんだよ。
駅の周りのぼろい店も無くなって変わりにビル、団子屋と立ち食い蕎麦屋も
綺麗さっぱり消えちまってる。
家の方に向かえばところどころ変わっているけど、スーパーと八百屋は残ってた。
坂を登って路地に入れば友達の家が無くなってアパート、公園もない。
んでもって家に到着、ある意味びっくりだ、なんとまだボロ家が残ってた。
けどだれも住んでなさそう、壁にコケが毟ってるし。
目の前がすぐ学校で遅刻はしなかった、けど家からもう少し距離があったと思ってたけど、
案外近いもんだった、不思議な感じだった、なんちゅーかそれで自分が大きくなったんだな〜、
って思ったもんだ。
けど、ほんと何もかも変わっちまって寂しいもんだ。
友達がたくさんいた団地は取り壊されて、学校もどうやらなくなるらしい。
ほんと過去って奴は、自分の中にしか残されないんだな。


149 :大人になった名無しさん:04/02/22 11:00
>50のリンク先で小学校1年まで住んでた社宅を見て来た。
家の前のだだっぴろい空き地。
今はあまり見かけない、大きな倉庫みたいな薄暗い建物に
個人商店が何軒か入ったスーパー。
いつも塀を乗り越えて遊びに行っていたとなりの子の家。

何年か前に営業で十数年ぶりに行ってみたら消えていた場所が全て写っていた。
通学路に良く吠える犬がいて凄く恐かった事とか(しかも奴には脱走癖があった)
近所の病院は診察に行くといつもカンロ飴くれた事とか、
廃屋に侵入して秘密基地ごっこやってた事とか、
なんだか色々思い出した。
記憶は、きっかけさえあれば鮮明に甦るものなんだな。

150 :sage:04/02/23 00:52
中学2年まで住んでいた一軒家。
昔風の、平屋建ての家で、建ててから大分時間が経っていたから、
隙間風もすごかったけど、広くて、小さな庭には梅や松の木や、
たくさんの植物が植わっていて、とても好きな家だった。
引っ越しのきっかけは、大家さんとの家賃のトラブル。
二重にお金をとられて、もうこれ以上住むのもしんどいと親は思ったのかもしれない。
引っ越しした後すぐに、梅も松の木も切り、家も壊してしまい、駐車場にしたと聞いた。

高校2年のとき、色々と悩んでいた頃、親に申し訳ないことをしてしまって家に帰ることができなくて、
雪が降る中、なぜかその家のあった所へ行っていた。
その時はそこしか行くことができなかった。

やっぱり家はなかった。あの木もなく、敷地には砂利が敷かれ、車が数台とまっていた。
でも唯一残っていたものがあった。隣の敷地とを分けていたブロック塀。
ちっちゃい頃よじ登ってよく遊んでいた塀だけが残っていた。
しかも、夏に家族で花火をしたとき、花火で塀に書いた苗字が残っていた。
とにかく泣いた。泣きながら帰った。
あそこに行ったのは、いやな事を忘れて小さい頃に戻りたかったからかもしれないって今は思う。

今でも夢にみるのは、今の家でなく、もう存在しないあの古い家。

151 :150:04/02/23 00:55
ごめんなさい…間違えてしまった…

152 :大人になった名無しさん:04/02/23 09:50
1歳まで住んでた家:マンション建てるんで立ち退き
4歳まで住んでた家:マンション建てるんで立ち退き
6歳まで住んでた家:マンション建てるんで立ち退き
11歳まで住んでた家:アパート建てるそうで立ち退き
15歳まで住んでた家:一戸建て建てるそうで立ち退き
今の家:あと2ヶ月で出て行けとのこと

153 :大人になった名無しさん:04/02/23 12:38
>>152
すげーな・・・

立ち退きって手当てみたいのくれるんだろ?当然

154 :大人になった名無しさん:04/02/23 21:00
>>153
立ち退き料もっと上げろっつっていつまでも立ち退かんかったりしたら、
その家を避けて新しい道路やら団地やらが
建てられたりすることもあるらしいから、引き際を見極めるのも大事だそうだ。

155 :大人になった名無しさん:04/02/24 21:41
昔住んでいた家は、普通の家と造りが少し変だった。六畳と四畳半の部屋がある建物が
2組。その間を渡り廊下がつないでいる。その渡り廊下部分が玄関になっていて、入ると
いきなり渡り廊下に登らなきゃならない。その廊下が地面から80cm位あるもんだから、
子供だと結構大変。まさに敷居の高い家だった。俺が高校に入る頃に取り壞して、新しい
家に建て替えてしまったけれど。
俺が社会人になってから、お袋と昔話をしていて、昔の家の亊が解った。

鷄 小 屋 だったそうだ(汗)

両親が結婚する時に、親戚の方から貰い受け、改造して人が住めるようにしたんだそうで。
親父が日曜大工が好きで、基本的な改造が終わってからも、あちこちいじりまわしていた
らしい。
今となっては写真でしか見ることは出来ないけど、懷かしくもあり、苦笑いしたくもあり
複雜だったりする。


156 :大人になった名無しさん:04/02/25 00:10
私が幼稚園を卒園するまで住んでいたマンションはきったなくて周りは工場
ばっかで空気も汚れてた。
ゴミの日のゴミ捨て場は異常に匂って、そこに捨てられてた人形の目が怖かったのを
今でも覚えてる。
それでも記憶に残ってるのは良い思い出ばかり。
よくお父さんとバイクやチャリンコに乗せて公園まで行ってた。
お菓子欲しさに紙芝居のおじさんを追っかけて、夕方のサイレンが鳴って慌てて
家に走り帰った。
私の生まれた総合病院にママンが入院して、手術の立会いに行った時、ふと
バスから景色を眺めていたら懐かしさのあまり涙が出て来た。
両親も健在だし幸せなのは何一つ変わっていないけど、あの頃の日常はもう帰って来ないと
思ったら妙に悲しくなった。
競争しながら家に一緒に帰ったママン。今は車椅子で走る事も出来ないけど、
心は病まずあの頃と同じくらい元気。
孫の顔見るまで長生きしてね。

157 :大人になった名無しさん:04/02/28 22:03
都市近郊で生まれたものの感覚と考えです、リンク先。若干個人情報ある
けど、まあいいや。社内の講話で使用したものです。
http://www.geocities.jp/tamo2_2/toushu_jikkenbeya/koko30nen.html

158 :大人になった名無しさん:04/02/29 00:07
去年の彼岸に15年ぶりに小1〜小6まで過ごした家を見に行った。
もう残っていないだろうと思っていたが、坂を登り、昔の家に近づくうちに
妙な違和感に気付いた。記憶に残ってる住宅配置図そのままなのだ。
家の見た目は少し変わっていても、それぞれの家のある場所、
空き地の会った場所が全く変わっていない・・・。
今思うと、かなり無理やり斜面を造成して作った住宅地だったので(しかも隣は大規模な墓地)
新築して住もうってヒトがいなかったってことか・・・。
俺の家は基本的な原型は同じだったがリフォームされ、空家だったはずの隣の家と
渡り廊下で結ばれ、土建屋?の資材置き場兼自宅のようになっていた。

彼岸でにぎわう公園墓地に隣接した、15年間時が止まった住宅地。
写真をこっそり撮った後(一応他人の家だし。)
親父とキャッチボールした家の前の通りは実は車のすれ違いが出来ないほどの
細い道だったのか・・・と変な感慨にふけりながら煙草を一服し、600km離れた
自宅へと車を走らせた・・・。

159 :大人になった名無しさん:04/03/12 00:28
僕はこの3月に19歳になり、4月からは大学2年生になる男です。
僕が小学校の2年生まで住んでいた家は、毎日何かしらの虫が出るボロい家でした。ひどいときは風呂場にゲジ(ムカデのでかいバージョンみたいな虫)
が出たこともあります。まだ小さかった僕にとって、そのような虫を駆除してくれる母や4つ上の兄はとても頼もしい存在でした。今住んでいる家より敷地は
小さかったけれど、狭いぶん家族が密集することができたのでとても温かい家でした。
その家と隣の家の間には赤レンガで作られた壁があり、兄はそこに野球のボールをなげつけて壁当てをして遊んでいました。兄が楽しそうにボールを投げる姿
を見ては、『大きくなったら野球選手になりたい』と言っていたのを思い出しては、ひそかに応援していました。
10年ほど前に引っ越したその土地は現在道路になってしまっています。もう赤レンガの壁はありません。僕が誤って落とした果汁グミが1個へばりついたあの
レンガはもう存在しません。『壁当てばっかりやってたらレンガが崩れちゃうよ』という母の心配事も聞くことができません。
前にも書きましたが、弟の僕でさえまもなく19歳。兄は23になりました。壁当てをやったり、1日30分までと決められたファミコンをやりすぎて親に怒
られたり、兄とやったゲームに負けて腹を立てて泣いたりすることはこの先ないでしょう。

もう戻れないあの時間。

いつのまにか、僕は大人になりました。

160 :大人になった名無しさん:04/03/12 00:57
幼稚園年長〜高2。
家族初めてのマンションで、しかも窓の広い3階。

そこまではいい。
問題は、すぐ下を京急線が通っていたことだ。
電車が通るたびに、ごごおおおおおおという大音量の音。
その度にテレビのボリュームを上げる、大声になる、録音がぶちこわしになる(たまに)
でも子どもだったのでそれが普通だと思っていた。

そして下の兄貴と共用の、6畳の子ども部屋。
ついたてを立てて背中を向けて机に座っていたのだが、
しょうもない事ですぐ喧嘩してついたてをゴンゴン倒しあう。
キレた親は工事屋を呼んで壁を作ってしまった・・・。
約3畳の細長い部屋・・・さらに取り付けられたアコーディオンカーテン・・・

でも、よく夢に見る。懐かしい。

161 :大人になった名無しさん:04/03/24 03:43
あげてみましょうか

162 :大人になった名無しさん:04/03/24 16:48
とあるマンションに住んでいたが
阪神大震災で倒壊→取り壊し

163 :大人になった名無しさん:04/03/26 00:15
辻堂にある団地に住んでいたよ。
当時は子供がたくさんいて、目の前の芝生や棟の間にある公園で子供同士で遊んでいた。
最近は、未就学児は子供同士で公園になんていってはいけないんだよね。
あの頃は牧歌的だったなぁ。
公団団地なのに、スーパーが紀ノ国屋だった。
幼稚園にはバスで通っていた。外国人の園長先生のいるキリスト教系の幼稚園だった。
間取りは2DK。転居して30年ほどたつけど、今でもなぜか住所はおろか、
電話番号まで言える。そうだよね。生まれて初めて覚えた電話番号だったのだから。

164 :大人になった名無しさん:04/03/26 00:50
偶然、小学校まで住んでいた町に立ち寄った。(現在は10駅ほど離れたところに住んでいる)
ちょうど通っていた幼稚園の近くだったので、かつての家までの道を歩いてみた。

母親に手を引いてもらって歩いた、あの無限の長さのように思われた坂が、ほんのちょっとの距離だった。
背の高い植木のせいで見えなかった道すがらの家の中が、横目で見るだけでのぞけた。
土曜の昼にいつも買っていたパン屋は、コンビニになっていた。

たった十五年しかたってないのに。


165 :大人になった名無しさん:04/03/27 09:40
一人暮らしをしてみると、
自分が如何に良い家に住んでいたか良く解った…

苦労知らずの坊ちゃん言われてもしゃぁないか_| ̄|○
いや、炊事洗濯くらいは出来ますよ?

166 :大人になった名無しさん:04/03/27 23:33
え、俺の家?俺が10歳の時に火事で燃えてしまった。逃げ遅れた母が死んだ。
それから8年間、父に育てられてきた。
色々あったけど、幸運にも学費が安い国立大学に合格できた。
んで、今は一人暮らしの為の準備を色々している。

父さん、今までありがとう。そしてこれからもよろしく。
母さん、これからも俺を見守っていて下さい。



焼けた家の跡には何があるか知らない。はっきり言って見るのが辛い。

167 :大人になった名無しさん:04/03/30 10:32
>>166
父さんを大切にして。母さんはきっと見守ってる。

168 :大人になった名無しさん:04/03/30 11:07
>>50のリンク先だけど…ウチの方は昭和50年のものがあるけど。
場所によっては平成のものしかないのかな?

169 :大人になった名無しさん:04/03/30 13:44
自分の家じゃないけれど、
小学生のころよく遊びにいってたおじいちゃんおばあちゃんの家。
当時いえもまばらだった新興住宅街の高台からは川の流れや
遠くを走る電車が見えた。よく地図を見ながら窓際でお菓子を食べて
眺めていた。
夕方おじいちゃんが仕事から帰ってくると喜んでおじいちゃんを迎えに
バス停まで迎えに行った。遊びに来ている孫のためにいろんなお土産や
おもちゃを山ほど買ってきてくれた。高校のグランド沿いの道は遠くに
山が見えて夏は虫の音が心地よかった。

今もおじいちゃんもおばあちゃんも健在だがめっきり歳をとってしまった。
懐かしい家はもうだいぶ前に売り払い都心のマンションに引っ越した。
今その家は知らない人が住んでいて街も住宅が増えて田舎臭さは無くなっている。
とても幸福な子供時代を過ごさせてもらってた。ありがとう。

170 :大人になった名無しさん:04/03/31 00:00
私が住んでた家は、木造の平屋だった。
友人には大きな家の子がたくさんいて、自分だけボロ家なのが恥ずかしかった。
風呂もない、トイレはポットン・・・。
でも今のようなコンクリートジャングルより味があったな。
隣の市に引っ越してから何度か見に行ったけど、
昔あったドブ川が埋め立てられ、田んぼが信号付きの道路に変ってた。
あの田んぼにはザリガニが多くいて、友人や兄や母や祖母と捕りに行ったのに。
路地を探検するのが大好きで、兄と路地の地図まで作成した。
大人になって隣の市に引っ越したけど、兄は「ここが良いから」と元の家に残った。
数年後、取り壊される事になり、その頃は未練はなかったのに
今になって色んなことが懐かしく思い出される。
今、私が一人暮らししているこの公団と、あの家の間取りはほぼ同じ。
でも楽しく過ごした家族はここにはいない。
あの貧しかった時代に戻りたいとは思わないが(今も貧しいが)、
でも、もう一度家族と暮らしてみたい。
母が待つ家に帰りたい。仕事を終えた父に「お帰り」と言ってあげたい。

171 :大人になった名無しさん:04/04/02 23:26
泣ける2ちゃんねるからこのスレに来て
>50のリンク先で自宅周辺を探してたら4枚あった
1つは74年俺が生まれる前。引っ越してくる前
次が79年。俺の家が載ってる。引っ越してきた年だ
そして84年。火事で自宅が載ってない
89年にまた家が載っている
なんか、節目ごとに写真があってびっくりした

172 :大人になった名無しさん:04/04/09 23:09
>170
自分の家も、木造の平屋で、トイレはボットン。
おまけに薪で沸かす風呂だった。
父は田舎の公務員で特別貧乏という訳では無かったが、
二人の息子の教育に金をつぎ込もうとして
(田舎なので大学は必ず下宿して都会に行かなくてはならない)、
家とかに回す金は無かった。
僕自身は自分で言うのもなんだが、運動も勉強も出来る優等生で、
そういう子はいい家に住んでいるんでしょ、みたいな周りの雰囲気が
何故か有って、僕は自分の家を友達に見せるのが凄く嫌だった。
そんなことを気にするのは男らしくないんだが、自分の性格のせいもあるのだろう。
自分の部屋はなかったし、オモチャなんかも買ってもらえなかった。
みんなが持っているようなステレオも無かったし
(レコードも聴くことが出来ない)、
テレビゲーム、ビデオ、ウォークマンも無いのが引け目だった
。好きだった子が、貸してくれたレコードも聴くことがないまま
、聴いた振りして返した。
自分の力ではどうすることも出来ないので、とにかく勉強して良い大学に行って金持ちになりたいと思っていた。
大学は医学部を選んだ。
家庭教師なんかで金回りが少しは良くなったのでステレオ、テレビゲーム、ビデオ、ウォークマンは自分で買った。
働き始めると思ったより医者の給料は良くなかったが、5年で実家を立て直すことが出来た。
その頃には家に対しての引け目は感じないようになっていたが、
自分の中の何かが満たされたような気がした。
親の方針を否定することは出来ないが、
ただ、子供の頃にもっと物質的に満たされた生活をしたかったなという気持ちは持ち続けている。

173 :大人になった名無しさん:04/04/09 23:48
俺の小さい頃は、家を借りることもできず、アパートでもなく、
「間借り」して生活していた。

今の時代は、間借りなんて聞いたことないだろう?

174 :大人になった名無しさん:04/04/12 03:14
良スレ。
自分はいかに親に感謝しなければならないのか
改めて判った気がする。

175 :大人になった名無しさん:04/04/12 04:39
先日行ってきたよ、幼稚園まで住んでいた家。某70年代末期建設のコーポ。
1階角部屋で、6畳程度の小さな庭がついていた。
外装は塗り替えたようだが、面影は変わっていなかった。隣が空き地なのもそのまま。
垣根の椎の木に混じって、昔おふくろが静岡の実家の農家から株分けで持ってきて
植えたと思われる南天が、すっかり大きくなっていた。
その南天のさらに株分けは、現在の我が家のベランダの大きな鉢に植えられている。

それから3歳のときに一人でふらふらと駅前の本屋に出かけて、親が血相を変えて
探しに来たという曰くのある本屋にも寄ってみたが、とにかく狭くて暗いのと、
良く見るとところどころ禿げてぼろぼろになった木の本棚が哀愁を誘った。
そういえばこの辺の棚においてあったファミコンの必勝本を買ったなーとか思いながら。
近くにはもっとりっぱで明るい内装の本屋も数軒あるのに、あれで経営を続けられるのだろうか。

他にも公園とか見てきたけど懐かしかったな。
幼稚園時代「きりんこうえん」と呼んでいたのに、そのキリンの首の遊具が
無くなっていたのはちょっと悲しかった。
あと昔からずっと来ていた移動トラック八百屋が、その日もいたのには感動した。

176 :大人になった名無しさん:04/04/12 04:57
住んでいたのは1985年までね。

177 :大人になった名無しさん:04/04/12 22:43
今から5年位前に行った時に、家はまだあった。幼稚園入る前かなあ、蜘蛛の巣つつこうとしたら勢い余って天上に穴開いた。まだあった。w
おれが赤ん坊の頃二重サッシの段差から落ちて頭突きでガラス割った(その時の事はよく覚えてる)サッシから見える木は色が抜けて白くなっていた。
一歳位の時はひんやりしたそこに隠れてマッチの火薬を喰ったものだ。
まだ2歳頃だろうか、風呂は青いタイル張りだったが親父がそれ砕いて新しくした。2歳の頃、図鑑で電球の仕組みを理解し、推測が正しいかの実験として、
アルゴンガスが抜けたら直ぐにフィラメントが焼き切れてしまう事を証明しようと夜中に懐中電灯を持って家の裏行った時もこのタイルの破片があった。
この頃のドラえもんのエンデイングの歌の一部は
「ごらんよあの空をながめていると、だれかさんの笑顔に見えてくるよ。」
だった。
流しには本来は外灯用の電球がついていて、ギラギラしてて眩しかったなぁ。米びつの臭いが大好きで顔っこんでたっけ。裏の苔の臭いも大好きだ。
引っ越す前に栗の木は切ったから無かった。でもおんこの実(おまんこの実?)はまだある。砂場も石油タンクもある。


178 :大人になった名無しさん:04/04/12 22:54
家はロバパンという所でパンを買っていた。その道の途中にダッチェスという会社がある。
その会社の看板は今見ても非常に気持ち悪い。本厚木文化会館近くでダッチェスを見掛けて思い出した。
クロハマという人の家まだあった。ここの家は玄関入ると広い暗い空間があり正面と左に扉があり右には階段がある。階段のある壁には何かをかける
木で出来た、ドキュモの黄色いチンコのマークを横にした様な形の帽子掛けらしきものがあるが、昔は少しでも暗い所に一人で居る事は恐くてまるで出来なかったのと
それの形が気持ち悪くて、ギュンギュン迫って襲われる恐怖に駆られたので、それにギュンギュンと名付けて、一人では決して入れなかった。
この家の向かいは知らないじいさんの家で、自閉症の俺はそれが悪いとはわからず何くわず入って行った。
そしたらじいさんが、外のランプ型の電灯とそっくりの形した紅茶の飴をくれた。まだ幼稚園入ってない頃の事だ。
俺はこの町で6年暮らしたんだよなあ。町並みはある程度変わっていて、俺が延々ぐるぐる回りながら家から水を撒き散らしながら歩いていって遊んだ場所はすっかり舗装されていた。
そこにはエンジン音がボロンボロンうるさい軽ジープが2台あったはずだ。だが、一日中上を見て雪虫潰しをしてた場所は残ってた。学校も相変わらずだった。
たぬき小路には俺が生まれて初めて感電した場所がある。だが確認する暇は無かった。
自閉症の俺が育った場所。
ここより4年位も長く居た湘南を地元と認識する事は到底出来ない。人が攻撃的だし。
やはり俺が地元と呼べるのはそこだけなのだ。


179 :大人になった名無しさん:04/04/24 01:33
何年か振りでばあちゃんの家の跡を見て来ました。マンションになってました。
おれが居候していた部屋があった場所には、やっぱり部屋があって。もちろん新しくなったのだけど。
それでもそこには明かりが点っていて。その部屋の人はやっぱり同じようなことで楽しかったり、悲しかったりしてるのかな。
そんなことを思いました。
でもね、そこには庭もあったんだ。こおろぎが鳴いてた。その鳴き声があの頃どれだけ支えになっていたか。
夜になると真っ暗だった近所の町。携帯もメールもなかった頃。たった一人だった。遠くを走る夜汽車の音。
今年はきっと墓参りに行くからね、ばあちゃん。

180 :大人になった名無しさん:04/04/27 17:57
漏れが住んでたアパートが近い内に取り壊しになり(´・ω・`)

181 :大人になった名無しさん:04/04/28 02:34
うちの近所のオンボロ社宅がとうとう取り壊される模様。

2年くらい前に人がドバッと居なくなり、
干してある洗濯物から察するに、30部屋に3世帯くらいしか
残っていなかったんだけど、いよいよ立ち退きさせられちゃったみたい。

別に自分が住んでいたワケじゃないけど、
見慣れた昭和の残滓が、またひとつ消えていくのは、
やっぱり寂しい物ですね。

182 :大人になった名無しさん:04/05/01 00:39
亀レスだが
>>159で泣いた!想像できるよその情景…

183 :大人になった名無しさん:04/05/02 19:51
電車の窓から 見える赤い屋根は
小さい頃僕が 住んでたあの家
庭に埋めた柿の種 大きくなったかな
クレヨンの落書きは まだ壁にあるかな
今はどんな人が 住んでるあの家

背伸びしてみても ある日赤い屋根は
隠れてしまったよ ビルの裏側に
いつかいつか僕だって 大人になるけど
秘密だった近道 原っぱはあるかな
ずっと心の中 赤い屋根の家

184 :大人になった名無しさん:04/05/06 22:22
age

185 :大人になった名無しさん:04/05/07 19:11
30年前、0〜3歳まで住んでたアパートがまだあった。
ヒトも住んでる。
バラみたいな模様の窓ガラスもそのまま。
郵便ポストに、10円玉でスリスリして貼り着けた電車のシールもそのまんまだ。
あまりジロジロ見てるとやばいので、すぐに立ち去った。

186 :大人になった名無しさん:04/05/07 23:49
とっても月並みだけど、十年以上前のガキの頃に住んでいた家を訪れて、そのあまりの狭さと小ささに衝撃を受けた。

見上げるような高さだった建物はこぢんまりと。駆け回っていた公園は庭みたいに狭く……こみ上げてくる感慨があった。

取り壊される寸前だったから、今はもう無いんだろうな。
あのころに戻りたい。


187 :大人になった名無しさん:04/05/09 21:02
>>68
「2ちゃんねる・ぷらす」掲載おめ

泣いた

76 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)